うつ病・抑うつ状態

執筆者:公認心理師・山崎孝

つらい経験をしたときなどに一時的に、落ち込んだり、何も楽しめなくなったり、食欲がなくなったり、眠れなくなったりなど、一過性の抑うつ状態は誰にでもあることです。日常生活に大きな支障が生じるほどひどくなっていたり、数週間以上もの長きにわたってその状態が続いているときは、うつ病の可能性があります。

うつ病とは

日本では6%の人が、生涯のうちにうつ病を経験するという調査結果があります。また、ほとんどの国で、男性より女性のほうがうつ病になりやすいという調査結果があります。日本では、女性は男性より1.6倍くらい多いことが知られています。

抑うつ状態だけが起こるものを「うつ病」、抑うつ状態と躁状態(気分が過剰に高揚する状態)の両方が起こるものを「躁うつ病(双極性障害)」といいます。

うつ病かも?と思って受診すると適応障害と診断されることがあります。うつ病の原因は複合的で、はっきりしないことが大半です。対して適応障害は、「はっきり確認できるストレス因に対する反応」です。

うつ病・抑うつ状態の症状

うつの症状には、精神症状と身体症状があります。

精神症状

感情、思考、意欲にあらわれる症状です。

「落ち込む」「さびしい」「悲しい」は健康なときにも生じる感情です。しかし、うつ病の抑うつ気分は、そのような日常的な浮き沈みとは異なり、重苦しく停滞したものです。

これまで楽しかった趣味などを楽しめなくなります(興味・喜びの喪失)。億劫で気が重く、動作や反応が鈍く不活発になります。何ごとにおいても悲観的になります。通常なら起こり得ないミスを犯す、決断できなくなる、それらを何とかしなければと焦りや不安が大きくなります。

罪業妄想(重い罪を犯したと思い込む)、心気妄想(重い病気にかかったと思い込む)、貧困妄想(実際よりも経済的な困窮していると思い込む)などが見られます。

重度になると、死についての考えが頭から離れなくなります。「死ねば楽になれるかも」のような考えです。希死念慮や自殺念慮と呼ばれます。できるだけ早く医療機関等の専門家に相談することが重要です。

身体症状

不眠(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒)は代表的な身体症状です。逆に過度に寝ることもあります。食欲不振・体重減少も多く見られます。他には、頭痛、肩こり、口渇、便秘などがあります。

「うつ病とは?」と聞かれると、多くの人が精神的な抑うつ状態の説明を行うと思います。不眠の説明が加えられることがあっても、最初に精神症状があって、次に身体症状が来ると思います。

仮面うつ(正式な医学用語ではありません)は、精神症状があらわれずに身体症状だけがあらわれている状態です。「精神症状が身体症状という仮面を被っているようである」が語源のようです。放置すれば、いずれ精神症状があらわれると予想されます。

うつ病の診断

「抑うつ状態=うつ病」ではありません。大きな喪失体験などのつらい経験により、一時的に落ち込むことは誰にでもあります。診断基準を満たすときにうつ病と診断されます。

うつ病など精神疾患の診断は、操作的診断と呼ばれる方法にて行われています。精神疾患には、よく見られる症状が複数あります。それらの症状に該当するかしないかをチェックして、疾患ごとに定められた数の症状が該当すれば、その疾患であると診断されます。

操作的診断が用いられる前には、疾患の原因を外因性・心因性・内因性の3つに分類していました。外因性とは、身体的な疾患が精神活動に影響を与えているものです。心因性とは、ストレスなどの心理的な負荷によるものです。内因性とは、原因は不明ですが、何らかの要因で脳の機能に変調が起きていることです。

うつ病に限らず心の病は、検査機器などで測定できません。多くは患者さんの訴えから判断されます。そのため、医師により診断が異なることあります。誰が見ても同じ診断になるように、定められた基準に照らして客観的に診断するのが操作的診断です。

以下にDSM-5(米国精神医学会「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版」)のうつ病(大うつ病性障害)の診断基準を引用します。

うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害の診断基準

以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。そのうち少なくとも1つは1.抑うつ気分、または2.興味または喜びの喪失である。

  1. ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
  2. ほとんど1日中、ほとんど毎日のすべての活動における興味または喜びの著しい減退
  3. 有意の体重減少、または体重増加
  4. ほとんど毎日の不眠または仮眠
  5. ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止
  6. ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退
  7. ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感
  8. 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる
  9. 死についての反復思考

うつ病の原因

うつ病の原因は現在のところ不明です。ストレスや人間関係などの環境の要因、遺伝的な要因、慢性的な疾患、偏った考え方や反すう思考などの認知的要因、脳の機能の生物学的変化など、複数の要因によって引き起こされると考えられています。

うつ病以外の心の病でも抑うつ状態を示すことがあります。心と身体は互いに影響を及ぼしています。抑うつ状態が身体的な病気による場合もあります。自己判断は避けて、精神科・心療内科を受診して下さい。

うつ病の治療

休養、薬物療法、心理療法が用いられます。

最近は聞かなくなりましたが、「うつ病は心の風邪」と言われることがありました。実際は風邪どころではありません。「心の骨折」と骨折に例える方が、より実態に近いと思われます。

休養

休養が3つの中で最もむずかしいと思う人が多いかもしれません。骨折した箇所は固定して回復を待ちます。回復したらリハビリを行います。うつ病の治療も似ています。まずは休養してエネルギーの回復に努めることが望まれます。

休養の仕方は、症状の重さはその人が置かれている状況によって異なるでしょう。医師など専門家と相談しながら決めることになります。

薬物療法

治療の主役は抗うつ薬です。向精神薬(精神科で用いられる薬の総称)には「人格が変わってしまうのではないか」という恐怖にも似た抵抗感を持つ方がいらっしゃいます。抗うつ薬はそのようなものではありません。セロトニンなどの神経伝達物質が機能するようにサポートするものです。

抗うつ薬の効果が現れるまで、服用開始から2週間程度かかります。最近の抗うつ剤は副作用の少ないものが開発されていますが、副作用(吐き気、口渇、下痢、便秘、他)は服用直後から出現するため、効果を実感する前に中断が生じやすい面があります。

効果が出ない、または副作用が出ても、自己判断で服用を中断するのではなく、医師に相談することが必要です。不眠や不安には、睡眠導入剤や抗不安薬が用いられることがあります。これらは服用後から効果が現れます。

心理療法(カウンセリング)

うつ病の心理療法として認知行動療法がよく知られています。軽度から中等度では薬物療法に匹敵する効果が報告されています。厚生労働省のホームページには認知行動療法のマニュアルが公開されています。

至る所で紹介されて、今や一人勝ちの感もある認知行動療法ですが、他の心理療法に効果がないということはありません。心理療法の違いによる効果の差はなく、効果に最も影響を与えるのは、クライエントとカウンセラーの信頼関係であるとする研究結果があります。

参考文献

  • 内田一成 訳(2015)『ヒルガードの心理学 第16版』金剛出版
  • 春日武彦(2011)『はじめての精神科―援助者必携』医学書院
  • 蟹江絢子・堀越勝(2020)『スーパービジョンで磨く認知行動療法 うつ病篇 全セッションの記録』創元社
  • 高橋三郎他訳(2014)『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』医学書院
  • 小川俊樹, 倉光修(2017)『臨床心理学特論’17』放送大学教育振興会
  • 松原達哉 編著(2002)『図解雑学 臨床心理学』ナツメ社
  • 清水幹夫・福田玖美 監訳(2012)『エビデンスにもとづくカウンセリング効果の研究―クライアントにとって何が最も役に立つのか』岩崎学術出版社

参考サイト