執筆者:山崎 孝(公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士)
精神的DV(モラルハラスメント)
モラルハラスメントの解決は離婚しかないと言われます。その言葉には概ね同意しますが、改善する例もあります。物事は白か黒の二極ではありません。モラハラも同様です。離婚しか解決策がないケースがあれば、少ないながらも加害者本人が自覚・改善する例もあります。
モラルハラスメントの定義
モラルハラスメントを直訳すると精神的な嫌がらせですが、実際は、精神的暴力です。職場や家庭などの関係の中で、立場の強さを利用して、人格を否定する言動、過度な監視、無視や孤立させるなどの行為が行われます。被害者は心身に大きなダメージを受けます。
モラルハラスメントという言葉は、フランスの精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌが出版した「Le harcèlement moral: La violence perverse au quotidien」(日本語訳:『モラル・ハラスメント―日常の中のねじれた暴力』)という書籍で初めて使われました。
無視やコミュニケーションの拒否、あいまいな言い方や態度などで、被害者を不安にさせて精神的に支配します。そして、侮辱や嘲弄(バカにしてなぶる)、中傷や悪口といった精神的暴力をふるい、被害者の心を壊します。
このページは夫婦関係におけるモラルハラスメントに絞っています。多くのケースで被害者は妻ですが、被害者が夫のケースも増加傾向にあります。
モラルハラスメントと夫婦ケンカの違い
無視やコミュニケーションの拒否、あいまいな言い方や態度は、一時的な感情で誰もがしてしまうことがあります。
一時的な感情による行為とモラルハラスメントの違いは、前者は文字通り一時的で、行為者に自覚や反省があります。二人は対等な関係です。モラルハラスメントは、被害者が屈服するまで執拗に繰り返されます。加害者に反省はありません。支配と非支配の関係です。
モラルハラスメントはこのようにして行われる
イルゴイエンヌは、モラルハラスメントには、支配と暴力の2つの段階があるとしました。
不安にさせて精神的に支配する
加害者は被害者を不安にさせて、精神的に支配します。
嫌味、ため息、冷たい態度などで不機嫌さを示すことで、被害者に罪悪感を持たせます。しかし、直接的なコミュニケーションはありません。何が加害者を不機嫌にさせたのか。わざとあいまいにしておくことで、被害者を不安にさせます。
同じことでも不機嫌になったり、ならなかったりして、一貫性がありません。何が地雷なのか、どこに時限爆弾があるのか、わかりません。被害者は加害者の顔色を伺うことにエネルギーを費やすようになります。帰宅の時間が近づくだけで心がザワザワしてきます。
被害者の行動を制限します。一人で外出させてもらえません。家族と会うことも制限されるのはめずらしくありません。被害者は孤立させられます。他人と話す機会が失われて、現状がおかしいと助言される機会を持てません。
自分が被害者であることに気づけないこともめずらしくありません。
精神的暴力で心を壊す
暴力の引き金が引かれるのは、被害者が現状を打破するための行動を起こそうとするときです。話し合いを試みる被害者の行動は、加害者にとって反抗であり、攻撃を意味します。全力で阻止しようとします。カウンセリングの提案が引き金になることもあります。
侮辱、嘲笑、中傷などが執拗に繰り返されます。一つひとつは暴力とまでは言えないかもしれませんが、繰り返されることで暴力となります。被害者は心身にダメージを受けます。身体症状・精神症状が表れます。自殺に追い込まれるケースもあります。
追い込まれた被害者が暴力をふるうことがあります。闘争逃走反応(危機的状況において闘うか逃げるかにより生き延びようとする)と考えられます。加害者はそれを逃しません。DVと声高に非難することで、さらに被害者の心が壊されていきます。
「そこまでされて、なぜ逃げないの?」と思うかもしれません。自分が被害者と気づけないほど追い込まれるて、自責感と無力感を刷り込まれると、そもそも逃げるというアイデアが思い浮かびません。
暴力の種類
暴力には以下の種類があります。精神的DVの場合、身体的暴力を除いたいくつか、もしくはすべての暴力が起きているケースが多いです。
身体的暴力
殴る、蹴る、首を絞めるなど、肉体に直接的なダメージを与える
精神的暴力
嫌がらせ、暴言、中傷、無視、脅迫など、主に言葉によって精神的な苦痛を与える
性的暴力
望まない性行為や妊娠、ポルノ映像など見たくないものを強要するなど
経済的暴力
生活費を渡さない、勝手に配偶者の貯金を使う、配偶者名義で借金を作る
社会的隔離
自分以外の外部の人間との交流を絶たせる(親族や友人と会わせない、外出を禁止する、携帯電話の履歴を執拗にチェック)
加害者の特徴
イルゴイエンヌは、モラルハラスメントの加害者を「自己愛的な変質者」としました。自己愛的な人格は以下のような特徴を持ちます。
- 他人よりも自分を特別だと感じる。
- 他人に認められること、賞賛されることを強く求める。
- 他人の感情や考えを理解するのが難しい。
- 自分の欲望やニーズを優先し、他人を利用することがある。
- 批判や否定的なフィードバックに敏感で、過剰に反応することがある。
自分を特別な存在と思っていて、他人を下に見ています。他人に認められることを強く求めます。言い換えると他人からどのように見られているかを強く気にしています。外面の良い加害者はめずらしくありません。
他者の気持ちに共感できません。心の葛藤やストレスを自分で処理できません。モラハラ行為で被害者を傷つけて処理します。モラハラ行為が依存症的に繰り返されているようにも感じられます。
被害者が別れを切り出すと、暴力をふるう、土下座や涙を流して謝罪する、自傷行為や自殺未遂する、など過剰に反応します。
被害者の特徴
加害者が極めて他責的であるのに対して、被害者は責任感が強く罪悪感を持ちやすい人が多い傾向にあります。
責任感が強いということは、問題の原因を自分に帰属させる傾向が強いと言えます。「他人は変えられない。自分を変えるしかない」と考える人です。通常の人間関係であれば、好感をもたれて良い関係を構築できる人です。
加害者の他責的な性格が、被害者の責任感の強さと噛み合うことで、モラルハラスメントの関係が成立すると考えられます。
結婚前にに気づけないのか
被害者が言われるのは、言われて傷つくのは、「結婚前に気づけなかったの?」です。
ほとんどの場合、気づけません。加害者の多くは外面が良いです。仕事ができて職場では信頼を得ている人も少なくありません。他者から認められ、賞賛されることを強く求めるからでしょう。あくまで自分のためです。
被害者が自分のテリトリー外にいるときは、外面の良さ、信頼される人柄を発揮します。牙をむくのは結婚後です。被害者を自分のテリトリー内に囲って、簡単に出られなくしてからです。
被害者がテリトリーから出ていこうとすると、暴力で引き留める・泣いて謝る・土下座する・自殺未遂するなどの極端な行動を取るのは先に述べた通りです。
モラルハラスメントのカウンセリング
被害者のカウンセリングと加害者のカウンセリング(更正支援)が考えられます。
被害者のカウンセリング
モラルハラスメントのカウンセリングの目的として考えられるのは、まずは被害者の支援です。被害者が負った心身のダメージの回復支援と、被害者が心を整理して決断に向かうプロセスの支援が考えられます。離婚しないと決断する方もいらっしゃいます。
加害者のカウンセリング
加害者にカウンセリングを受けさせたいと被害者が希望するケースが少なくありません。この人と人生を歩もうと思って結婚したのですから、加害者が変わるのを願うのは当然のことです。
加害者が変わることを望めないケース
モラハラ度が強い場合、加害者が自らの意志でカウンセリングを受けることはありません。自分に非があるとは夢にも思っていないからです。被害者がカウンセリングを提案すると、モラハラが悪化する可能性が高いです。自分への理不尽な攻撃と受け取るからです。
例外は、被害者が離婚を決断したとき、もしくは離婚前提の別居を実行したときです。
それは加害者にとって、生活習慣病の患者が「今の生活を続けていると命を落とすよ」と医師に言われるのに等しい危機です。このような危機に瀕したとき、加害者が自らカウンセリングなど改善に取り組む場合があります。
それを見て、もう一度信じてみようと考えてはいけません。被害者が戻ってくると、モラハラが復活するケースが多いです。これを2,3回繰り返して、結局離婚に至るケースもあります。加害者が変わったように見えても、しばらく離れて様子を見ることが必要です。
加害者が変わる可能性があるケース
加害者本人が、自分の言動は不適切で、モラハラ的な要素があると自覚していることがあります。それを変えたい気持ちが多少なりともある場合は、変わる可能性があります。本人が自分の思考と行動のクセに正面から向き合い、改善に向かうことがあります。
モラハラ行為を伴う夫婦ケンカの場合
改善の可能性があるのは、本人にやってはいけないことの自覚があり、反省がある場合です。ただし、本当にそう思っているのか、離婚回避のためのポーズなのか、見極めは困難です。ここでは、一緒に検討しましょうとしか言えません。
家族や友人などに相談したとき、頭から「離婚しなさい」と言われたり、「その程度のことはどこでもある」と言われたら、それ以上相談できなくなります。普段から「いい旦那さんだね」と言われていて、周囲に相談できないこともあります。
そのような場合には、カウンセリングがお役に立てると思います。一緒に可能性を考えたいと思います。改善が困難であっても、頭から離婚しなさいとは言いません。ご自身が頭を整理して、自分で納得できる決断にたどり着くプロセスを支援します。
個人カウンセリングが原則
被害者の安全のため、原則として夫婦のカウンセリングは行いません。カウンセリングで交わされた会話が、新たなモラハラ行為を誘発することがあるからです。個人カウンセリングからはじめます。その後の進め方は協議して決めます。
夫婦カウンセリング(心理療法)について
カウンセリング(心理療法)について
当カウンセリングルームでは、夫婦・カップルの関係性・相互交流と個人の思考・行動のパターンの双方に働きかけることによって問題解決をサポートします。
夫婦・カップルの関係性・相互交流に焦点を当てるのは家族療法です。家族療法は、家族など複数人から成る集団の関係性・相互交流の変化を通じて、悩みや問題の改善・解決を図るカウンセリングです。
ブリーフセラピー(短期療法)とは、家族療法の一学派です。「短期」の名の通り、効果的かつ効率的な改善・解決を志向するカウンセリングです。
認知行動療法とは、状況や環境に合わせて思考と行動を柔軟に選択することで、悩み・問題の改善・解決を図るカウンセリングです。
カウンセラーの資格と研鑽
当カウンセリングルームのカウンセラーが保有する資格です。
カウンセラーには継続的な技能と知識の向上が求められます。多くの学術団体は一定数の研修を義務をづけています。それらに加えて多くのカウンセラーは、自主的に研修・ワークショップを受講しています。また、当相談室のカウンセラーは、学術団体のスーパーバイザーから毎月指導を受けています。