話すこと・聴いてもらうことの意義

コラム

コーチングの講座では傾聴をしっかりトレーニングしていた

今年4月からコーチングのトレーニングを始めました。衝動買的に申し込んでしまったのですが、国際コーチ連盟(ICF)のACSTH認証を受けている講座で、しっかりした内容でした。受講期間は3年間ですが、今年のメニューが昨日終了して一区切りを迎えました。

感想は「久しぶりに傾聴のトレーニングをしっかりやったなあ」です。傾聴のルーツは来談者中心療法というカウンセリング技法です。ですが、心理療法の世界では、来談者中心療法を軽んじる傾向を感じます。

コーチングでは傾聴を大切にしているのが意外でした。ちょこっと傾聴をやって、あとはNLPのテクニック的なことを教わるのだと勝手な予想をしていたからです。久しぶりに傾聴をしっかり練習する機会を得て満足でした。

人は頭に浮かぶことの一部しか言語化していない

ある精神科医の方がTwitterで、頭に浮かぶことを言語化する意義についてツイートされていました。傾聴の意義そのままなので紹介します。

そうなのです。頭に浮かぶことの多くは言語化されないまま流れていきます。確かに感じているのですが、その感じに触れることなく流れていきます。

流れていくこと自体に問題はありません。頭に浮かぶことすべてをいちいち言語化するのは、労力の無駄遣いですし、時間がいくらあっても足りません。

「ゴチャゴチャ」「モヤモヤ」「ずっしり」などの表現をオノマトペといいます。オノマトペは質感を生き生きと表現します。それらをはっきりと感じているときは、その感じに付き合いましょう、向き合いましょうというサインかもしれません。

そのサインを無視していると、自覚していなくても心の荷物として積み重なっていきます。閾値を超えると無視できない大きさとなって目の前に立ちはだかります。

言語化すると解決へのプロセスが動き出す

そんなときに役立つことの一つがカウンセリング(傾聴)です。

思い悩んでいるときには、事実と悪い予測が「ゴチャゴチャ」になって、さらに悪い予測を積み重ねて、自分で悩みを肥大化させていることがあります。

相談者はそれらをカウンセラーに話します。カウンセラーは自分の理解を伝えます。感じたことをフィードバックします。それを受けて相談者は感じたこと、気づいたことを話します。そのプロセスで事実と予測が明確になっていきます。

事実と予測が明確になり区別されると、不安や心配のサイズが現実大になります。対処のしようがないと感じていたことが、何とかなりそうに変わり、スッキリ解決ということもあります。

あのとき、「モヤモヤ」のきっかけは○○さんの一言だった。○○さんは折に触れてあのような言葉をかけてくる。そのようなことに気づいたら、今度は真意を聞いてみよう。そんな風に考えるかもしれません。

解決の形は人それそれです。言語化を積み重ねることより、本人にとっての解決の形が明確になり、解決に向かうプロセスが進み始めます。

言語化の練習のための日記

ツイートでは、患者が言語化を促進するために日記を活用することもつぶやかれていました。

自分の考えを言葉にするのが苦手な人は、日記を練習の場にするのも良いと思います。最初は一行でも十分です。そのうち止まらなくなるかもしれません。

日記を書くには、落ち着ける場所と時間が必要です。日常生活でその環境を整えるのがむずかしいこともあるでしょう。頭の中がゴチャゴチャしすぎていて、一人で言語化するのがむずかしいときもあるでしょう。

まとめ

  • 話すことの意義は頭に浮かぶことの言語化
  • 言語化するだけでスッキリ解決となることもある
  • 言語化すると解決の形が明確になり解決へのプロセスが進み出す

コーチングの講座はあと2年続きますが、2年が終わる前に国際コーチ連盟の認定資格を取得しようと決めています。自分との約束です。

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