感情表現とメンタルヘルスとコミュニケーション

執筆者:公認心理師・山崎孝

感情を適切に表現すると自己理解が深まります。人と話してスッキリする(カタルシス効果)のは、感情が明確な言葉で表現されるからです。メンタルヘルスが向上します。感情を適切に表現するとコミュニケーションが良くなります。他者との相互理解が深まります。

心の解像度を上げる感情表現

ここでいう感情表現とは、感情を言語化することです。

喜び、悲しみ、怒り、驚き、他。これらの感情はすべて、私たちの日々の経験の一部です。

感情を明確な言葉で表現することは、心の解像度を上げることでもあります。自己理解を深めて、自己洞察を深めます。他人との関係においても、信頼と理解を深める重要な手段となります。メンタルヘルスにも関わってきます。

感情表現をむずかしくする要因

感情表現をむずかしくする要因は様々な可能性が考えられますが、ここでは、内向的な性格の影響、過去の否定的な体験による影響、社会的・文化的要因の3つを考察します。

内向的性格の影響

最初に、消極的内向的の意味と違いを明確にしておきます。

消極的行動態度に関することです。消極的な人は、何か行動を起こすのをためらうかもしれませんが、これは性格が内向的であるからというよりは、自信のなさから来ることが多いようです。

内向的性格特性に関するものです。内向的な人は、自分自身の内面の世界に重点を置いており、社交的な場面で控えめになることがあっても、それは自信の欠如ではなく、単に個人の性質によるものです。

ここでは内向的を考察します。

感情を深掘りする:内向的な人は、自分の感情を深掘りして考える傾向があります。この深い内省が、感情を単純な言葉で表現することをむずかしくしているかもしれません。

緊張を感じやすい:内向的な人は、他人との対話で緊張を感じやすい傾向があります。正確に伝えなければいけない。誤解を招いてはいけない。などの気持ちが強いからなのかもしれません。

言語を慎重に選択する:感情を正確に表現する言葉を慎重に選びます。時間がかかるプロセスであり、その間に感情が変化することもあります。私たちは、話しているうちに気持ちが変化したり、話しているうちに「本当の気持ちは〇〇だった」と気づくことがあります。それを頭の中で行っていることがあるかもしれません。

心の傷と感情表現

過去に受けた否定的な体験(トラウマを含む)は、個人の感情表現に深刻な影響を与えることがあります。

防衛機制:防衛機制とは、人が心理的ストレスや不快な感情から自分を守るために、無意識に行う戦略のことです。代表的なものが「抑圧」です。過去の痛みや苦しみが甦るのを避けるため、記憶や感情を抑圧して、なかったことのようにします。そうして自分を守ろうとします。

信頼の喪失:大きな傷つきを経験した人は、他人を信頼することがむずかしくなります。この信頼の欠如は、自分の感情を他人と共有することを躊躇させます。

感情の麻痺:強烈な心の傷を経験すると、感情が麻痺することがあります。衝撃が強すぎて受け止めきれないときに、自分を守るために麻痺させます。結果として感情を表現する能力が低下します。

再体験の恐れ:心の傷を話すことは、その痛みを再び経験する機会になることがあります。この恐れが、感情表現を避ける要因になることがあります。

PTSDの診断を受けた方、恐れのある方は、個人の判断で行わず、専門家のサポートを受けて下さい。

社会的・文化的要因の影響

ある文化や社会では、例えば、怒りや悲しみを公に表現することは、一部の文化では不適切とされます。日本では、感情表現を控えるのを良しとする傾向は今もあります。個人は自分の感情を内面に留め、公に表現することを控える傾向があります。

社会的役割や期待が個人の感情表現に影響を与えます。例えば、リーダーや親などの特定の役割を担う人々は、強さや落ち着きを示すために感情を抑制することが期待されることがあります。

しかし、時代は変わりました。(過度に?)自己責任が叫ばれるようになりました。多様性が求められています。「察してくれるだろう」が通用しなくなりました。適切な感情表現・自己表現は、現在では必須のスキルと言えるかもしれません。

感情表現とメンタルヘルス

表現力の豊かさは、感情のコントロールを豊かにします。共感してもらいやすいからです。カタルシス体験を得やすいからです。そのことから、感情の表現力とセルフケアの能力には、相関関係があると考えられます。他にも以下の理由が考えられます。

感情の理解と処理:感情をうまく言葉で表現できる人は、自分の感情に気づきやすいです。ケアが必要な状態であると早く気づいて、早く対処することができます。高いセルフケア能力が期待できます。

感情の抑圧とメンタルヘルス問題:感情を抑圧または無視することは、長期的には不安、うつ病、ストレスなどのメンタルヘルス問題を引き起こす可能性があります。感情を適切に表現することはセルフケアにもなり、これらの問題を予防または軽減するのに役立ちます。

支援を得やすい:感情を適切な方法で、適切なタイミングで表現できる人は、不調に陥ったとき、周囲に気づいてもらいやすいです。適切な支援を得られやすいと言えます。

対人関係との関連性:感情表現は、人間関係の構築と維持においても重要です。話が盛り上がっているときは、感情表現の豊かさがあります。雑談が苦手な人は、話題を提供しなければと思考が忙しくて、話を楽しんでいないことが多いようです。

感情表現とコミュニケーション

言うまでもなく、感情表現はコミュニケーションを豊かにします。

話し手が感情を明確に表現できなければ、聴き手は話し手の感情を推測することになります。その推測が外れると、話し手は「わかってくれない」と不満を抱くかもしません。または、うまく表現できない自分を責めるかもしれません。

「わかってくれない」と不満をぶつけられた聴き手は、「察することを求められても困る」と反発するかもしれません。うまく表現できない自責を示された聴き手は、困ってどうすれば良いかわからなくなるかもしれません。

共感理解から生まれます。感情を明確な言葉で表現することは、相手に自分の立場や感じていることを理解してもらうための重要な手段です。これにより共感が生まれます。

コミュニケーションの悩みに「雑談ができない」があります。雑談は人間関係の潤滑油であり、雑談から関係が育つことも多いです。リモートワークの問題の一つに「雑談がなくった」が上げられるのは記憶に新しいところです。

盛り上がっている会話には、感情表現の豊かさがあります。雑談が苦手な人は、話題を提供しなければと、気の利いたことを言わなければと、思考が忙しくて、話を楽しんでいない傾向が見られます。

感情表現を豊かにするために(1)

感情を表現するには、まず自分の感情を理解することからです。日記を書く、瞑想を行う、または信頼できる人との対話などを通じて、自分の内面と向き合う時間を持つことが効果的です。

自分と対話する:日記など、気持ちを書き出す作業はオススメです。言葉を探して紙に書く。それは自分自身と向き合うこと、そのものです。書く習慣を持っている人は、書き出したら、言葉が次から次へと出てくる経験をお持ちでしょう。

安全な環境:信頼できる人との対話を通じて、感情を表現する練習をすることが役立ちます。非批判的で理解ある環境は、内向的な人が感情を開示しやすくなります。最近注目されている「心理的安全性」は、安全な環境が挑戦する勇気をもたらし、挑戦が人を成長させるというものです。

他の表現方法:芸術や文学などを通じて感情を表現する方法もあります。カタルシス(感情表現によって、抑圧されていた感情が解放されて、心が洗われる体験)は元々、劇中の主人公が自分の代わりに感情を表現してくれることによって、心が洗われる体験を語源とする言葉です。言葉以外の表現方法が合う人も当然いるでしょう。

感情表現を豊かにするために(2)

言語能力や語彙も感情表現に影響します。

「〜と言われた」「〜をされた」と他者の発言と行動をたくさん話した後に、「私の気持ちがわかりますか?」とおっしゃる方がいます。発言量の多さから、苦痛や不快の大きさは理解できます。しかし、苦しいのか、悲しいのか、つらいのか、それとも他の感情なのか、理解がむずかしいことがあります。

話してスッキリするのは、相手に気持ちをわかってもらえたとき、肯定してもらえたときです。整理が進み、気づきが起こり、自己解決に向かうのは、その次です。どれだけ話しても、相手に理解してもらえなければ、残念で失望する機会になるでしょう。

小説などの書籍、映画、ドラマなどは、表現力を育てるのに適しています。感情表現に関わることばの辞書もあります。

まとめ

  • 感情表現の重要性:感情表現は自己理解と自己洞察を深め、信頼と理解を促進する。これはメンタルヘルスと良好なコミュニケーションに必要。
  • 内向的な性格の影響:内向的な人々は感情を多層的かつ複雑に捉え、感情表現に困難を抱えることがある。
  • 心の傷と感情表現:過去のトラウマは感情表現に深刻な影響を与え、感情の抑制や麻痺を招くことがある。
  • 感情表現とメンタルヘルス:感情の適切な表現は、自己ケアの能力と関連し、メンタルヘルス問題の予防や軽減に寄与。
  • 感情表現とコミュニケーション:感情表現力はコミュニケーション力を強化し、対人関係の構築と維持に重要。
  • 感情表現力を上げるために:感情を紙に書く(日記など)、安心・安全な環境で語る、芸術・文化に触れる。言語能力・語彙力を育てる。