愛着(アタッチメント・情緒的な絆)

執筆者:公認心理師・山崎孝

特定の人(母親や父親のことが多い)との間に築かれる情緒的な絆のことを【愛着(アタッチメント)】といいます。ボウルビィが提唱した発達心理学の重要な理論の一つです。子育て世代に役立つ内容だと思います。

ある夫婦の子育てエピソード

このエピソードはフィクションです。複数の事例を組み合わせて個人を特定できないように加工しています。

夫婦と子ども(3才)の3人家族のお話です。

夫婦は子どもにより良い環境と教育を与えたいと思っています。特に夫に強いこだわりがあります。夫はいわゆる機能不全家族に育ちました。両親から適切な愛情と養育を受けられませんでした。子どもには自分のような思いをさせない。できる限り良い環境と教育を与える。強い思いを持っています。

妻は出産を機に退職しました。仕事を続けたい気持ちもありましたが、夫の仕事がとても忙しいことと、お互いの実家が遠方でサポートを望めないことから、退職して専業主婦になる選択をしました。仕事が好きで、職場は人間関係が良く働きやすかったので、残念な気持ちは今も残っています。

娘は遠方のインターナショナルスクールに通わせています。食事は有機野菜等のこだわり。冷凍食品や添加物はもっての外。近くのスーパーは利用できません。おやつは手作りのみ。英語やピアノの習い物。家の中は常に清潔・整理整頓。他にも多々のこだわりが。

こだわりが強いため、食事一つとっても、かける時間と労力がかなり多くなります。時間が足りません。子どもが話を聞いてもらおうと話しかけても、妻には時間がありません。それでも子どもがすがりつくと、妻はキツい口調で怒ってしまいます。

妻は、このままではダメだ。子どもと触れあう時間が必要だと思いました。夫の気持ちもこだわりも理解できました。しかし、そのために娘と触れあう時間が削られるのは、本末転倒だと思いました。

夫にこだわりを緩めるようにお願いしました。しかし、夫は譲ってくれません。妻はがんばりました。言い争いになりました。子どもの前でケンカをするようになりました。子どもが泣いて親の間に入って止めるようになりました。夫婦はその度に罪悪感に苛まれました。しかし、止められませんでした。

親と子の相互作用で愛着が形成される

子どもは身近にいる人(母親や父親など)に多くの働きかけをします。赤ちゃんが、泣いたり、にっこりしたり、見つめたりするような働きかけです。その働きかけを身近な人が受け止めることによって、愛着が形成されていきます。ボウルビィは、愛着は以下の4つの段階を経て形成されるとしました。

【第1段階】誰に対しても同じ反応を示す

誕生から生後8週間~12週くらいの時期です。誰に対しても、にっこりしたり、じっと見つめたり、目を追ったりする反応を示します。

【第2段階】特定の相手に愛着を抱き始める

生後12週頃から6ヶ月頃までの時期です。特定の人(母親や父親)に対して、他の人に対してより、にっこり微笑んだり、よく声を出して反応したりします。愛着を抱いていない相手には人見知りをするようになります。

【第3段階】特定の相手に愛着を持ち常に一緒にいたい態度を示す

6ヶ月頃から2,3才頃までの時期です。特定の人(母親や父親)と常に一緒にいたいという態度を示します。姿が見えなくなると泣き出し、戻ってくるとうれしそうに近づきます。離れるのを嫌がり接触を求めます。

【第4段階】心の中に愛着が形成される

3才頃からの時期です。離れていても、心の中に特定の人(母親や父親)との情緒的な絆ができてきます。姿が見えなくなっても泣かなくなります。安定した愛着が形成された子どもは、親を安全基地として外界を探索する力を得ます。健全な自尊感情を育む土台になると考えられます。

幼少期に形成された愛着関係は後の人間関係に影響する

ボウルビィは、幼少期の親との愛着関係は心の中に内在化されて、家族以外の人との関係を築くうえで大切な役割を果たすと考えました。幼い頃に築いた親との愛着関係は、その後の人間関係の基礎になります。内的ワーキングモデル(内的作業モデル)といいます。

愛着の4つのタイプ

エインズワースは、愛着のタイプを調べる実験を行いました。実験法はストレンジ・シチュエーション法と呼ばれるものです。1才から1才半の子どもに、はじめての場所、母親との離別、見知らぬ人との接触などの場面の刺激を与えて、どのような反応をするかを観察しました。

ストレンジ・シチュエーション法の手順

実験は以下の8つの手順で行われます。実験室には椅子とおもちゃが置いてあります。

  1. 母親と子どもが実験室に入る。
  2. 母親は椅子に座る。子どもは床でおもちゃで遊ぶ。
  3. 見知らぬ人が入室する。
  4. 母親が退室する(1回目の母親との離別)。見知らぬ人は子どもに働きかける。
  5. 母親が入室する(1回目の母親との再会)。見知らぬ人が退室する。
  6. 母親が退室する(2回目の母親との離別)。子どもは一人で残される。
  7. 見知らぬ人が入室する。子どもに働きかける。
  8. 母親が入室する(2回目の母親との再会)。見知らぬ人が退室する。

実験の結果、愛着のタイプを【A:回避型】、【B:安定型】、【C:アンビバレント型(抵抗型)】の3のタイプに分類しました。後に【D:無秩序・無方向型】が加わり、4つのタイプに分類されています。4つのタイプの特徴を以下に紹介します。

A:回避型

母親と離れても泣かずに再会しても喜ばない。よそよそしい態度をとる。

B:安定型

母親と離れることを嫌がって泣く。母親と再会すると喜ぶ。母親がいるときは活発な探索行動をする。母親がいなくなると探索行動が減少する。再会すると探索行動は活発になる。

C:アンビバレント型(抵抗型)

母親にべったりで離れるのを極端に嫌がり激しく泣く。再会すると怒りや反抗的な態度を示す。べったりも拒否も極端。

D:無秩序型・無方向型

行動が一貫していない。接近と回避を同時に示す。

養育者の子どもとの関わりの特徴

  • 【B:安定型】の親は、子どもの泣くなどの働きかけに敏感に反応して適切に対応していると考えられます。
  • 【A:回避型】と【C:アンビバレント型(抵抗型)】の親は、子どもからの働きかけに対して、親自身の思いや気分で反応したり、鈍感であったり、無視したりする傾向が強いとされています。
  • 【D:無秩序・無方向型】の親は精神的に不安定だったり、不適切に養育された子どもに見られる傾向があるとされています。

愛着はスキンシップから

愛着(アタッチメント)理論の生物学的根拠となったのは、ハーローという心理学者による代理母の実験です。生後間もないアカゲザルの子どもを使って行われた実験です。以下の2種類の代理母の模型を作りました。

  1. 授乳装置がついた針金製の代理母
  2. 授乳装置がない布製の代理母

この2種類の代理母がいる環境で養育を行いました。

子ザルは未来を飲むとき以外は、布製の代理母に抱きついて過ごすことが確認されました。このことから、接触によって得られるぬくもりが、親子の絆を育んでいると考えました。この考えはボウルビィの愛着(アタッチメント)理論に影響を与えました。

あの夫婦にアドバイスするとしたら

冒頭で紹介した夫婦にアドバイスするとしたら、どのようなものになるでしょう。

娘さんの年齢と反応から、愛着形成の【第3段階】と考えられます。特定の相手に愛着を持ち常に一緒にいたい態度を示す時期です。娘さんの一緒にいたい気持ちが満たされると、心の中に親との情緒的な絆ができて、親の姿が見えなくなっても泣かなくなる【第4段階】に向かえます。【B:安定型】の愛着が形成されます。

食事や教育に対するこだわりのために、娘さんとのスキンシップが不足して、その状態が継続されると、【A:回避型】や【C:アンビバレント型(抵抗型)】の愛着が形成されるかもしれません。

機能不全家族に育った夫は、愛着対象を持てなかったために、精神的な不安定さを抱えているかもしれません。また、娘さんに夫婦ケンカの仲裁をさせるのは不適切な養育環境です。【D:無秩序・無方向型】の愛着が形成されるかもしれません。

この時期に形成した愛着のタイプは、成人してからも人間関係を築く上で大切な役割を果たします。対人関係の基礎となります。

もし、あの夫婦にアドバイスを求められたら、以上の話をさせていただき、夫婦が自分たちでより良い決断ができるようにサポートします。

エピソードはフィクションです。複数の事例を組み合わせて個人を特定できないように加工しています。