認知行動療法
認知の偏り(認知の歪み)とは、認知行動療法で使われる言葉です。認知行動療法とは、非適応的な思考と行動のパターンを変化させることによって、症状や問題行動を改善する心理療法です。それぞれ独自に発展してきた認知療法と行動療法という2つの由来を持ちます。
特にうつ病や不安障害の治療に効果を発揮しますが、適用できる範囲が広く、職場のメンタルヘルス対策など、多くの場面で用いられています。
認知行動療法では、主に日常生活上の症状や問題への介入を行います。また、クライエントがセルフケアできるようになることを支援します。パーソナリティや性格といった深いところへ踏み込むことはあまりしません。
適応的な思考と行動のパターンを日々実践するうちに、徐々に思考の枠組みが変化して、パーソナリティにも影響が及んできます。日々の変化は小さく実感できるものではありませんが、積み重ねるうちに、変化している自分に気づくときが来るはずです。
自動思考
自動思考とは、文字通り私たちの頭に自動的に浮かんでくる思考やイメージのことです。認知療法の創始者であるアーロン・ベックは、うつ病患者の自動思考が常に否定的で、否定的な自動思考がゆううつな気持ちと関連していることを発見しました。
Aさんの表情がいつもより険しい(出来事)
↓
私の言葉で気分を害したのかも(自動思考)
↓
不安(感情)・距離を置く(行動)・緊張する(身体)
自分に自信がない人の自動思考も同じパターンです。上記の例の場合、「何かイヤなことがあったのだろうか」という考えが浮かぶ人がいれば、単に「どうしたのだろう」という考えが浮かぶ人もいるでしょう。
認知の偏り
非適応的な思考を「認知の歪み」と言います。私は「歪み」という言葉の響きが好きになれず、「偏り」という言葉を使っています。
「偏り」が常に否定的な結果をもたらしてるわけではありません。「偏り」を持ち続けているのは、それが役に立った経験があるからです。
完璧主義が自分を苦しめることもあれば、質の高い結果をもたらしてくれることもあります。どのようなときに自分を苦しめ、どのようなときにプラスに働くか。それを自覚して、自分を苦しめないようにコントロールできれば良いのです。
このコントロールがセルフケアの一つです。認知行動療法では、クライエントがセルフケアを習得するのをサポートします。
認知の偏りの特徴
認知療法の創始者アーロン・ベックは認知の偏りの特徴を12に分類しています。日本の第一人者である大野裕先生は6つに分類しています。細かく分けすぎると実用的でなくなるからでしょうか。ここでは大野裕先生よる6つの分類を紹介します(参考文献:「はじめての認知療法」大野裕(著)講談社現代新書 2011年5月20日第一刷発行)。
1)思い込み・決めつけ
自分が着目していることだけに目を向け、根拠がまったく不十分なのに、自分の考えが正しいに違いないと決めつけてしまうことです。
先日、駅で友人を見かけて声をかけたら素通りされた。気分を害することをしてしまったのか。嫌われてしまったのか。今日もその友人を見かけたけど声をかけられなかった。
先日の友人は考えごとをしていて気がつかなかったのかもしれません。もしくは急いでいるため気がつかなかったのかもしれません。思い込み・決めつけが強すぎると、この他の可能性に気づけなくなり自分を追い込んでしまいます。
100点を取れたと思っていたテストが90点だった。私はいつもケアレスミスをしてしまう。こんなことでは就職してもやっていけない。
常にケアレスミスをしているのでしょうか。ケアレスミスをしなかったことのほうが多いのではないでしょうか。そのミスは致命的なのでしょうか。90点は良い結果と言えるのではないでしょうか。
2)白黒思考
灰色(あいまいな状態)に耐えられず、ものごとをすべて白か黒か、良いか悪いかという極端な考え方で割り切ろうとします。
テストで80点を取れば良い結果と言えるでしょう。少なくともできない人ではありません。常に100点を求めるのは非現実的です。完璧主義は一見良いように感じますが、少しのミスも恐れるあまり、行動できなくなることがあります。
3)べき思考
何事においても「こうすべきだ」「しなければならぬ」と考えることです。
この考え方は自分に必要以上のプレッシャーを与えます。ミスを指摘されると「自分はできない人間だ」と自己否定や自己嫌悪に陥りやすくなります。他者にその基準を求めると、フラストレーションを感じやすくなります。
「誰とでも仲良くするべきだ」は非現実的です。「誰とでも仲良くするに越したことはないが、ウマが合わない人がいるのは仕方のないことだ」のほうが現実的です。
4)自己批判
良くないことが起きると、常に自分が原因だと考えて、自分を責めてしまうことです。個人化、自己関連づけと称することもあります。良くないことが起こったとき、自分の力ではどうしようもなかったことでも自分を責めてしまうと、とてもつらくなります。
5)深読み
相手の気持ちを、一方的に推測して、そうにちがいないと決めつけてしまうことです。読心術と称することもあります。
私に説明している上司の顔が曇ったのを見て、私に良い印象を持っていないんだと考えてしまうようなことです。思ったより時間が経過していたのかもしれません。ふと懸案事項を思い出したのかもしれません。
6)先読み
自分で悲観的な予測を立ててしまうことです。そのために自分の行動を制限してしまい、予測どおり失敗してしまうことになります。その結果、否定的な予測をますます信じ込むようになるという悪循環に陥ってしまいます。運命の先読み、破局視と称することもあります。
新しい仕事を命じられたとき、きっと失敗するだろう、上司はがっかりするだろうと考えると自分を追い込み、かえって良いパフォーマンスを発揮するのがむずかしくなります。そうして満足な結果を得られず、今度もダメだろうと悪循環に陥ります。
偏りを修正する必要はない
上記の偏りは、そう考える本人にとっては当たり前のことで、偏っていることに気づきません。その前に、そのように考えていることさえも気づかないことがあります。まずは自動思考に気づく練習から始めます。
自動思考に気づけるようになると、現実と照らし合わせてバランスの取れた思考を案出する練習を行います。それを繰り返すことによって、つらい気持ちになることがあっても、過度につらくならないように思考と感情をコントロールできるようになります。
便宜上、偏りと表現していますが、決してマイナスなものではなく、ネガティブなものでもありません。それを持ち続けているのは、それが役に立ってきたからです。
完璧主義の方は、仕事などで質の高い結果を出すことが多いと思います。その結果、周囲の信頼を得ていると思います。それを維持するほうが本人の人生にとってプラスです。完璧主義が自分を追い詰めているときだけ、それに気づいてゆるめるようにコントールできれば充分です。
コインが表を向いてるときにはそのまま進み、裏を向いたときにはそれに気づき、コントールする術を身につけることが目標となります。
これが認知に介入する方法の一つです。認知行動療法には様々な技法があります。一つの技法で解決に至ることもあれば、複数の技法を用いることもあります。他の技法も順次紹介していきます。