「自信」に関する言葉の中でも、よく目にするのは「自己肯定感」です。「ありのままの自分を良しと思える」「そのままの自分で大丈夫」という感覚です。「自己肯定感」と似た言葉に「自己効力感」があります。今回はその2つについて考えたいと思います。
書こうと考えた理由
このエントリーを書くきっかけとなったのはTwitterでした。
たくさんのフォロワーを持つ医師2人が同じタイミングで「自信がない人は自分をほめよう」「俺なんて毎日、些細なことで自分をほめているよ」という内容のツイートをしました(ツイート主を批判する意図はないので引用しません)。たくさんの「いいね」がついていました。
そのツイートとたくさんのいいねを見て私は「これを見て傷つく人がいるだろうな」と思いました。自分で自分をほめても自信がつかない人がいるからです。そのような人に向けてのエントリーです。
「つらさを感じる人がいるやろな…」と思いました。
自己肯定感と自己効力感の定義
まずは、自己肯定感と自己効力感の定義を明確にしておきます。
【自己肯定感】
ありのままの自分を良しと思える、そのままの自分で大丈夫という感覚。
【自己効力感】
課題などを達成するために必要な行動を上手く行える感覚。
自己肯定感は「自分はOK」という感覚です。
自己効力感は「○○できる」という感覚です。
自分をほめて自信がつく人と、つかない人がいます
「自分で自分をほめる」は、直接的には自己効力感を高める働きかけです。自己効力感は自己肯定感に影響を与えますから、間接的に自己肯定感を高めると期待できます。
自己肯定感が高い人は失敗に対する耐性が強いです。失敗しても自分はOKと認識しているからです。失敗しても次にいけます。うまくやる方法にたどり着きます。そうして自己効力感が高まる好循環が期待できます。
ただし、この好循環が成立するのは、自己肯定感がある程度高い人においてです。自己肯定感が低くい人が自分をほめても、「この程度のことで」「他の人はもっとできている」と自分を批判する声が勝ちます。自分をほめる意味を理解しても、気持ちがついてきません。
このタイプの人には、自己効力感を高める以外の取り組みも必要です。
「自信がない」の相談でお越しになる方の多くは後者のタイプです。前者のタイプより時間がかかりますが、しっかり取り組まれた方は、今の自分で大丈夫という状態にたどり着いています。
自己効力感を高めるには
自己効力感を提唱したのはバンデューラ(行動心理学の権威の一人)です。バンデューラは自己効力感を構成する4つの要素をあげています。
個人的達成
自ら課題に取り組み達成することです。簡単に言うと成功体験です。「自信をつけるために小さな成功体験を積み重ねる」はこれです。成功体験は次の達成への意欲を呼びます。できる範囲が広がっていきます。
代理学習
他人の成功体験を観察して自己効力感が形成されることです。モデリング(観察学習)という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。より効果が出やすいのは、同じような環境にいる人の達成の観察です。
モデリング(観察学習)をNLPのテクニックとして紹介する情報がたくさん見受けられますが、モデリングを提唱したのはバンデューラです。
言語的説得
言葉による励ましです。「君ならできる」のような励ましだけではなく、「よくやった」という労いや承認も含まれます。信頼している人や尊敬している人など、本人にとって重要な人からの励ましが、より効果が高いです。
情緒的覚醒
ポジティブな精神状態のときは自己効力感が高い傾向があり、ネガティブな精神状態のときは自己効力感が低くなる傾向があります。
自分にとって重要な領域の自己効力感が上がると自己肯定感が上がりやすい
多くの場合、自己効力感は特定の領域に対する感覚です。「野球が得意」などです。自己効力感が自己肯定感に影響を及ぼすか否かは、自分にとってその領域がどの程度重要かによって異なります。
私はほとんど料理ができませんが、チャーハンだけは妻より上手にできる自信があります。しかし、その(主観的)事実は私の自己肯定感に何の影響も及ぼしません。私にとって重要でない領域だからです。
昨年7月から自転車通勤を始めました。自転車に乗らない日はジョギングすることもあります。体力の向上を感じています。実際、ジョギングのタイムが向上しています。これは私にとって重要な領域です。自己肯定感に良い影響を与えています。
根拠のない自信の是非
「自信に根拠はいらない」「根拠のない自信を持て」という言葉を見たり聞いたりしたことがあるでしょう。特定の領域ではなく、広い領域にわたる自己効力感と言えます。
それが高いのは果たして良いことなのでしょうか。誤りと言うつもりはありませんが、ケース・バイ・ケースのようです。
根拠のない自信があるゆえに、努力や準備を怠ったり、自分の弱点を軽視して、望ましいパフォーマンスにつながらないことがあるようです。
「根拠のない自信を持て!」という言葉にモヤモヤする人もいると思います。
自己肯定感を高めるには
先でも述べたように、自己肯定感が低い人は自己効力感を高めるだけでは足りません。
セルフ・コンパッション
自己肯定感が低い人は自分に厳しいです。完璧主義で自分に対して高いレベルを求めます。それだけなら良いかもしれません。自分にとって何より害なのは、少しでもうまくいかなかったとき、自分を批判することです。
その理由は、「自分を甘やかすと怠けてしまう、成長しない」かもしれません。他者からの批判を避けるためかもしれません。「自分で決めているけど、常に他人に決められている感じがある」と言った人がいました。他者の考えを自分の考えとして持っているからかもしれません。
果たして、自分を厳しく批判すると、自分は良い方向へ向かうのでしょうか。
聞く耳を持たず、高圧的に叱責するだけの上司。話に耳を傾けてくれて、一緒に考えてくれる上司。どちらの上司が意欲を高めてくれるでしょう。考えるまでもなく後者のはずです。前者が高めるのは意欲より萎縮でしょう。
自己批判を繰り返す人は、自分自身に対して前者の上司と同じように接しています。その状態で自己肯定感や自己効力感を育てるのは困難です。
後者の上司のように、自分を理解して、自分を受け入れて、自分に寛容に接することによって自己肯定感を育てるセルフ・コンパッションが注目されています。
人は理解されたと実感したときに心を開きます。気づきを得るのは心を開いたときです。気づきの積み重ねが意欲を生じさせます。自分の内側から起きる意欲が解決に導きます。
他者との関係を通じて自己肯定感を育てる
特定の他者との間に築く緊密な情緒的結びつき・絆を愛着(アタッチメント)と呼びます。子どもは乳幼児期に親から無条件に受け入れられる経験によって、親との安定したアタッチメントを形成します。親から無条件に受け入れられる経験は自己肯定感を育てます。
成長に伴い、同級生や同僚など親以外の他者との関係による影響が大きくなっていきます。他者から受け入れられ、他者と人間関係を構築する経験を通じて自己肯定感が育ちます。
機能不全家族に育ったなどの要因で、親と安定したアタッチメントを築けなかった人は、他者との関係構築が苦手になる傾向があります。自己肯定感を育てる機会を得るのがむずかしい状態です。そのような人に必要なのは、安全・安心な相手との関係から始めることです。
「私は優しい人だ」などの自己認識は、他者との同意によって作られます。自分で優しいと思っていても、他者から「優しくない」と言われる経験を重ねると、「優しくない」という認識に変化します。家族など重要な他者と同意した自己認識ほど強く根付きます。
その積み重ねが今の自分を作っています。自己肯定感が低い人は、その自己認識が偏っていることが多いです。偏った自己認識を修正するには、安心な他者との関わりによって新しい同意を重ねることが必要です。
手前味噌ですが、安全な場所と安心な関係で行われるカウンセリングは、自己肯定感を育てる有力な手段です。「自分に自信を持てない」のカウンセリングについては以下のページをご覧ください。
【参考文献】
- 中間玲子[編著] 2016『自尊感情の心理学』金子書房
- マシュー・マッケイ&パトリック・ファニング 高橋祥友[訳] 2018『自尊心の育て方』金剛出版
- 数井みゆき・遠藤利彦[編者] 2005『アタッチメント 生涯にわたる絆』ミネルヴァ書房