心を守る働き(防衛機制)が自分を苦しめる

執筆者:山崎 孝(公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士)

私たちの心には、危機・不快・欲求不満などを感じたとき、そのつらさを軽減しようとする働きがあります。このような心の作用を防衛機制といいます。防衛機制は日常生活において、概ねプラスに作用しますが、時には自分をよりつらくさせることもあります。

すっぱい葡萄

イソップの「すっぱい葡萄」は、心が過度につらくならないように防衛する働きの一例です。

キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つけました。

食べようとして跳びつきますが、高くて届きません。

何度試みてもダメでした。

あきらめたキツネは、

「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう」

と捨て台詞を残して立ち去りました。

キツネは以下のようにして、心がつらくならないようにしました。

おいしそうだけど食べられない(不快) ➡ すっぱくてまずいから食べない方が良い(安心)

防衛機制はプラスに働くことが多いようです。キツネが葡萄にとらわれてクヨクヨし続けても仕方ありません。さっさと切り替えるのが望ましいです。

防衛機制の種類

防衛機制にはいくつかの種類があります。キツネが用いたのは合理化と呼ばれるものです。他には以下の種類があります。

防衛機制の種類と特徴 合理化 望ましくない現実に もっともらしい理由をつける 抑圧 不快な思考や記憶を 無意識下に押し込める 投影 自分の望ましくない特性を 他人に帰属させる 置き換え 感情の対象を より安全なものに変える 昇華 衝動を社会的に 受け入れられる形に変換 反動形成 不安を感じる衝動と 反対の行動を取る 退行 ストレス時に幼児期の 行動パターンに戻る 同一化 他人の特性や行動を 自分のものとして取り入れる 逃避 不安や葛藤を避けるために 現実から逃れる 知性化 感情的な問題を 知的に分析する 否認 不快な現実を 認めることを拒否する 補償 ある領域の欠点を 別の領域で埋め合わせる
  • 抑圧
    • 無意識下に抑え込んでなかったものとする
    • 例:幼少期のトラウマ的な出来事を完全に忘れてしまう
    • 例:仕事でのミスを無意識のうちに忘れ、思い出せなくなる
  • 合理化
    • もっともらしい理由をつけて正当化する
    • 例:すっぱい葡萄
    • 例:ダイエットに失敗し、「今は身体を休めるときだから」と言い訳する
    • 例:進できなかった際に「責任が増えて大変だったはず」と自分に言い聞かせる
  • 同一視
    • 他人に自分を重ね合わせて自尊心を高めようとする
    • 例:著名人の言動を真似る
    • 例:子どもが好きなアニメキャラクターの真似をして遊ぶ
    • 例:尊敬する上司の話し方や身振りを無意識に模倣する
  • 投影
    • 認めたくない自分の感情を他人のものとして非難する
    • 例:自分が苦手とする人が自分を嫌っていると思う
    • 例:自分の不安を他人に押し付け、「周りが心配しすぎだ」と感じる
    • 例:自分の不誠実さを認めたくなくて、他人を疑り深く見てしまう
  • 反動形成
    • 抑圧した気持ちや態度を正反対の形で表現する
    • 例:好きな異性にそっけない態度を取る
    • 例:本当は寂しいのに、「一人の方が気楽でいい」と強がる
    • 例:親に対する反発心を抑え、過剰に従順な態度を取る
  • 逃避
    • 困難な状況から逃れようとする。
    • 例:現実への逃避(試験前に掃除する)
    • 例:空想への逃避(楽しい将来の想像に浸る)
    • 例:病気への逃避(試験前に腹痛を訴える)
    • 例:締切が迫っているレポートを後回しにし、SNSに没頭する
    • 例:人間関係の問題を避けるために、仕事に過度に没頭する
  • 退行
    • 赤ちゃん返りは退行の典型例です。弟・妹に向かっている母親の愛情を自分に向けようとします。
    • 例:ストレスが溜まった大人が子どものように駄々をこねる
    • 例:重要な決断を迫られた際に、他人に判断を委ねてしまう
  • 昇華
    • 社会的に受け入れられない欲求や実現不可能なことを、社会的に容認・賞賛される目標に置き換える。適応的で自己実現・成長に導くものと考えられる
    • 例:怒りの感情を、激しいスポーツや芸術活動に向けて発散する
    • 例:恋愛の失敗をきっかけに、新しい趣味や技能の習得に励む
  • 補償
    • ある分野での劣等感や欠点を、別の分野での卓越した行動や成果で埋め合わせようとする
    • 例:学業で劣等感を感じる学生が、スポーツで極端に頑張る
    • 例:容姿に自信がない人が、知識や技能の習得に力を入れる
  • 置き換え
    • ある対象に向けられた感情や欲求を、より安全または受け入れやすい別の対象に向ける
    • 例:上司への不満を、家族にぶつけてしまう
    • 例:試験の緊張を和らげるために、過度に飲食する
    • 例:仕事のストレスをショッピングで発散する
  • 知性化
    • 感情的な経験や衝動を、抽象的で知的な用語で説明しようとする
    • 例:失恋の痛みを、恋愛心理学の観点から分析し続ける
    • 例:深刻な病気の診断を受け、医学的な情報を集めることに没頭する
  • 否認
    • 不快な現実や事実を認めることを拒否する
    • 例:アルコール依存症であることを認めず、「付き合いで飲んでいるだけ」と主張する
    • 例:明らかな仕事のミスを指摘されても、「そんなはずはない」と否定し続ける

防衛機制が裏目に出る例

防衛機制は短期的にはストレスや不安を軽減しますが、長期的には問題を悪化させたり、新たな問題を引き起こす可能性があります。防衛機制が裏目に出る例を示します。

  • 合理化
    • 例:ダイエットの失敗を「体を休める時期」と正当化し続ける。
    • 裏目:健康上の問題が悪化し、本当に必要なライフスタイルの改善を怠ってしまう。
  • 抑圧
    • 例:仕事でのミスを無意識に忘れる。
    • 裏目:同じミスを繰り返し、キャリアに深刻な影響を与える。
  • 投影
    • 例:自分の不誠実さを認めたくなくて、他人を疑り深く見る。
    • 裏目:周囲との信頼関係が崩れ、孤立してしまう。
  • 反動形成
    • 例寂しさを隠すために「一人が気楽」と強がる。
    • 裏目本当に必要な人間関係構築の機会を逃し、孤独感が深まる。
  • 逃避
    • 例:締切が迫るレポートを後回しにし、SNSに没頭する。
    • 裏目:締切に間に合わず、学業や仕事に重大な支障をきたす。
  • 退行
    • 例:ストレス時に大人が子供のように駄々をこねる。
    • 裏目:周囲からの信頼を失い、人間関係や仕事上の立場が悪化する。
  • 置き換え
    • 例:上司への不満を家族にぶつける。
    • 裏目:家族関係が悪化し、新たなストレス源となる。
  • 知性化
    • 例:失恋の痛みを恋愛心理学の観点から過度に分析する。
    • 裏目:感情を適切に処理できず、次の関係構築が困難になる。
  • 否認
    • 例:アルコール依存症を認めず、「付き合い程度」と主張する。
    • 裏目:問題が深刻化し、健康や社会生活に取り返しのつかない影響を与える。
  • 補償
    • 例:学業での劣等感を、スポーツで極端に頑張ることで補う。
    • 裏目:学業の問題が解決されないまま、バランスを欠いた生活となる。昇華 (比較的適応的だが、行き過ぎると問題が生じる可能性がある)
    • 例:怒りの感情を芸術活動に向ける。
    • 裏目:現実の人間関係での感情表現や問題解決のスキルが発達せず、対人関係に支障をきたす。

防衛機制は短期的には有効ですが、長期的には問題の解決にならないケースもめずらしくありません。自分の行動パターンに気づき、より適応的な対処法を身につけることが大切です。

ここまでの説明をひっくり返すようなことを言います。防衛機制はこのような形で説明するときに便利な概念ですが、実際のカウンセリングで使うことはほぼありません。知っておく必要があるのは、心理学を専攻している大学生くらいです。「思考の偏り」と表現することがほとんどです。

参考文献