私たちの心には、危機・不快・欲求不満などを感じたとき、そのつらさを軽減しようとする働きがあります。このような心の作用を防衛機制といいます。防衛機制は日常生活において、概ねプラスに作用しますが、時には自分をよりつらくさせることもあります。
すっぱい葡萄
イソップの「すっぱい葡萄」は、心が過度につらくならないように防衛する働きの一例です。
キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つけました。
食べようとして跳びつきますが、高くて届きません。
何度試みてもダメでした。
あきらめたキツネは、
「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう」
と捨て台詞を残して立ち去りました。
キツネは以下のようにして、心がつらくならないようにしました。
おいしそうだけど食べられない(不快) ➡ すっぱくてまずいから食べない方が良い(安心)
防衛機制はプラスに働くことが多いようです。キツネが葡萄にとらわれてクヨクヨし続けても仕方ありません。さっさと切り替えるのが望ましいです。
防衛機制の種類
防衛機制にはいくつかの種類があります。キツネが用いたのは合理化と呼ばれるものです。他には以下の種類があります。
- 抑圧
- 無意識下に抑え込んでなかったものとする
- 例:幼少期のトラウマ的な出来事を完全に忘れてしまう
- 例:仕事でのミスを無意識のうちに忘れ、思い出せなくなる
- 合理化
- もっともらしい理由をつけて正当化する
- 例:すっぱい葡萄
- 例:ダイエットに失敗し、「今は身体を休めるときだから」と言い訳する
- 例:進できなかった際に「責任が増えて大変だったはず」と自分に言い聞かせる
- 同一視
- 他人に自分を重ね合わせて自尊心を高めようとする
- 例:著名人の言動を真似る
- 例:子どもが好きなアニメキャラクターの真似をして遊ぶ
- 例:尊敬する上司の話し方や身振りを無意識に模倣する
- 投影
- 認めたくない自分の感情を他人のものとして非難する
- 例:自分が苦手とする人が自分を嫌っていると思う
- 例:自分の不安を他人に押し付け、「周りが心配しすぎだ」と感じる
- 例:自分の不誠実さを認めたくなくて、他人を疑り深く見てしまう
- 反動形成
- 抑圧した気持ちや態度を正反対の形で表現する
- 例:好きな異性にそっけない態度を取る
- 例:本当は寂しいのに、「一人の方が気楽でいい」と強がる
- 例:親に対する反発心を抑え、過剰に従順な態度を取る
- 逃避
- 困難な状況から逃れようとする。
- 例:現実への逃避(試験前に掃除する)
- 例:空想への逃避(楽しい将来の想像に浸る)
- 例:病気への逃避(試験前に腹痛を訴える)
- 例:締切が迫っているレポートを後回しにし、SNSに没頭する
- 例:人間関係の問題を避けるために、仕事に過度に没頭する
- 退行
- 赤ちゃん返りは退行の典型例です。弟・妹に向かっている母親の愛情を自分に向けようとします。
- 例:ストレスが溜まった大人が子どものように駄々をこねる
- 例:重要な決断を迫られた際に、他人に判断を委ねてしまう
- 昇華
- 社会的に受け入れられない欲求や実現不可能なことを、社会的に容認・賞賛される目標に置き換える。適応的で自己実現・成長に導くものと考えられる
- 例:怒りの感情を、激しいスポーツや芸術活動に向けて発散する
- 例:恋愛の失敗をきっかけに、新しい趣味や技能の習得に励む
- 補償
- ある分野での劣等感や欠点を、別の分野での卓越した行動や成果で埋め合わせようとする
- 例:学業で劣等感を感じる学生が、スポーツで極端に頑張る
- 例:容姿に自信がない人が、知識や技能の習得に力を入れる
- 置き換え
- ある対象に向けられた感情や欲求を、より安全または受け入れやすい別の対象に向ける
- 例:上司への不満を、家族にぶつけてしまう
- 例:試験の緊張を和らげるために、過度に飲食する
- 例:仕事のストレスをショッピングで発散する
- 知性化
- 感情的な経験や衝動を、抽象的で知的な用語で説明しようとする
- 例:失恋の痛みを、恋愛心理学の観点から分析し続ける
- 例:深刻な病気の診断を受け、医学的な情報を集めることに没頭する
- 否認
- 不快な現実や事実を認めることを拒否する
- 例:アルコール依存症であることを認めず、「付き合いで飲んでいるだけ」と主張する
- 例:明らかな仕事のミスを指摘されても、「そんなはずはない」と否定し続ける
防衛機制が裏目に出る例
防衛機制は短期的にはストレスや不安を軽減しますが、長期的には問題を悪化させたり、新たな問題を引き起こす可能性があります。防衛機制が裏目に出る例を示します。
- 合理化
- 例:ダイエットの失敗を「体を休める時期」と正当化し続ける。
- 裏目:健康上の問題が悪化し、本当に必要なライフスタイルの改善を怠ってしまう。
- 抑圧
- 例:仕事でのミスを無意識に忘れる。
- 裏目:同じミスを繰り返し、キャリアに深刻な影響を与える。
- 投影
- 例:自分の不誠実さを認めたくなくて、他人を疑り深く見る。
- 裏目:周囲との信頼関係が崩れ、孤立してしまう。
- 反動形成
- 例寂しさを隠すために「一人が気楽」と強がる。
- 裏目本当に必要な人間関係構築の機会を逃し、孤独感が深まる。
- 逃避
- 例:締切が迫るレポートを後回しにし、SNSに没頭する。
- 裏目:締切に間に合わず、学業や仕事に重大な支障をきたす。
- 退行
- 例:ストレス時に大人が子供のように駄々をこねる。
- 裏目:周囲からの信頼を失い、人間関係や仕事上の立場が悪化する。
- 置き換え
- 例:上司への不満を家族にぶつける。
- 裏目:家族関係が悪化し、新たなストレス源となる。
- 知性化
- 例:失恋の痛みを恋愛心理学の観点から過度に分析する。
- 裏目:感情を適切に処理できず、次の関係構築が困難になる。
- 否認
- 例:アルコール依存症を認めず、「付き合い程度」と主張する。
- 裏目:問題が深刻化し、健康や社会生活に取り返しのつかない影響を与える。
- 補償
- 例:学業での劣等感を、スポーツで極端に頑張ることで補う。
- 裏目:学業の問題が解決されないまま、バランスを欠いた生活となる。昇華 (比較的適応的だが、行き過ぎると問題が生じる可能性がある)
- 例:怒りの感情を芸術活動に向ける。
- 裏目:現実の人間関係での感情表現や問題解決のスキルが発達せず、対人関係に支障をきたす。
防衛機制は短期的には有効ですが、長期的には問題の解決にならないケースもめずらしくありません。自分の行動パターンに気づき、より適応的な対処法を身につけることが大切です。
ここまでの説明をひっくり返すようなことを言います。防衛機制はこのような形で説明するときに便利な概念ですが、実際のカウンセリングで使うことはほぼありません。知っておく必要があるのは、心理学を専攻している大学生くらいです。「思考の偏り」と表現することがほとんどです。