海外を放浪すると本当の自分が見つかるの?

執筆者:公認心理師・山崎孝

この投稿は10年以上前に書いたものですが、最近見た下記の Togetter に触発されてアップデートしました。

「どうしてタイやインドに行くと本当の自分が見つかるんですか?」ゼミで「バックパッカー」の話をしたら、今の学生はピンと来てなかった話 – Togetter https://togetter.com/li/2294081 (令和6年1月18日(木)閲覧)

自己理解・自己受容・自己肯定感

自己理解、自己受容、自己肯定感(自尊感情・自信と同義)は密接に関連しています。

  • 本当の自分探しとは、自己理解の深化と同義とします。
  • 自己理解の深化は、自己受容を促します。
  • 自己受容の深化は、自己肯定感を向上させます。
  • つまり、自己理解の深化は、自己肯定感を向上させます。

「自己肯定感が低い人は、海外を放浪するといいですよ」とするのは安直過ぎると思います。上記 Togetter に引用されているポストの中には、「海外放浪しても何も変わらなかった」という人もいます。

海外を放浪して、本当の自分探しができた人、できなかった人の違いを考えてみたいと思います。

本当の自分って何?

そもそも、本当の自分とは何を意味するのでしょうか。

私たちは日々、社会の中で様々な役割を演じています。それらの役割を超えた、自分自身のとなる部分、そのことを言っているのでしょう。

では、とは何なのか。

このような問いを重ねていくと、深みにハマって前に進めなくなる気がします。この投稿においては、「アイデンティティ」を「本当の自分」と定義します。アイデンティティの定義は以下をご覧下さい。

エリク・エリクソンの心理社会的発達理論

心理学者エリク・エリクソンは、人生のそれぞれの段階で、人々が異なる種類の心理的な課題に直面すると考えました。彼の理論によると、人生の各段階でこの課題を乗り越えることで、人は成長し、健康なアイデンティティを形成します。

アイデンティティは「自我同一性」と訳されます。自分は誰なのか、何者なのかという自己理解です。「自分が自分である意識」と記述されることもあります。

特に、青年期には、「アイデンティティの危機」という課題に直面します。これは、自分が本当に何者であるか、何を信じるか、どのような人生を送りたいかを自分自身で見つけることです。この時期には、自分の趣味、キャリアの目標、信念、人間関係などについて考えることが多くなります。

エリクソンによれば、この「アイデンティティの危機」をうまく乗り越えることで、自分自身についての明確な理解が得られ、自信や目的意識が育まれます。逆に、この課題に苦しむと、自分が何者であるか不確かで、将来に対して不安定な感じがすることがあります。

繰り返しになりますが、「本当の自分」=「アイデンティティ」、「本当の自分探し」=「アイデンティティを確立するプロセス」と定義して進めていきます。

個人の価値観はどのようにして形成されるか

私たちの価値観は、個人の内面だけで形成されるのではありません。環境・時代・文化など、外部からの影響を受けて形成されていきます。ここでは、「倫理・道徳・規範の階層構造」と「文化・時代との相互作用」を示します。

倫理・道徳・規範・価値観の階層構造

私たちの価値観は、さまざまな要素によって形成されます。これらを理解する一つの方法は、倫理、道徳、規範という概念を階層構造として捉えることです。

【倫理】これは最も広範で理論的なレベルで、善悪の基準や行動の原則について、道徳や規範の基礎となる価値観や原理を示しています。平たく言うと、何が正しくて何が間違っているかについての考え方です。行動の基本的なルールです。

【道徳】倫理から派生した、個人や集団の善悪の判断や行動の基準を示すものです。個人の良心や社会的に受け入れられる振る舞いに関する信念や規則を含みます。平たく言うと、倫理の考え方が、実際の行動やルールとして現れたものです。

【規範】道徳的信念や倫理的原則に基づく、特定の社会や集団における行動様式のことです。平たく言うと、所属するグループや社会で受け入れられている行動のやり方やルールです。学校でのマナーや友達との付き合い方などがこれにあたります。

【価値観】最も個人的なレベルで、上記のすべての層から影響を受けます。個人の価値観は、その人が育った環境、経験、教育などによって形成され、その人の行動や判断に影響を与えます。

私たちは、倫理・道徳・規範に照らし合わせて態度や行動を決めています。価値観は、自分と倫理・道徳・規範の相互作用の繰り返しによって形成されていきます。

文化や時代との相互作用

個人の価値観は、その人が育った文化時代と深く関連しています。

文化は、私たちが世界をどのように見るか、何を重要視するかに大きな影響を与えます。たとえば、個人主義が重視される文化では、自立や自己表現が価値観の中心になります。集団主義の文化では、共同体や調和が重視される傾向があります。

また、時代によっても価値観は変化します。技術の進歩や社会的変化は、新しい価値観を生み出すことがあります。

環境の影響と個人の価値観

私たちが持つ価値観は、意識しているかどうかに関わらず、周囲の環境、文化、時代の影響を受けて形成されます。私たちは生活している環境との相互作用を繰り返す中で、自分の価値観を築いていきます。たとえば、家族や学校、メディアから受ける影響がその一例です。

ときには、私たちは環境から提示された価値観を、自分自身の内側から生まれたものだと思い込んでしまうことがあります。今いる文化や社会の影響を深く受けているためです。

「普通」「当たり前」と思っていたものが、必ずしもそうではないと気づくことがあります。例えば、転職すると、前職での常識が、現職では非常識という体験をすることがあります。海外を放浪すると、より強烈なレベルで体験する機会があるかもしれません。

海外放浪と本当の自分探し

文化からの切り離し

海外放浪は、私たちを日常の環境や文化から切り離し、全く異なる世界へと導きます。自分が育った文化や価値観から離れることで、これまでの自分の考え方や行動が、実はその文化に深く根ざしていたことを実感することになります。

価値観に向き合う

異文化の中で生活することは、自分の価値観に直面することを意味します。私たちは、異なる習慣、言語、価値観に囲まれることで、自分の信じていることや価値を見つめ直すことを強いられます。これは、自分の本当の興味や情熱、信念が何であるかを深く掘り下げる絶好の機会です。

内省の強制

海外での生活は、自分自身と向き合い、自分について深く考えざるを得ない状況を作り出します。異なる文化の中での生活は、日々の行動や考え方を再考させ、内省のプロセスを促進します。この内省は、自分自身のアイデンティティを探求し、確立するプロセスへと導きます。

海外放浪の役割

海外放浪はきっかけであり、それだけでは自己探求のプロセスは完了しません。自己との対話と深い内省が必要です。自己探求を深める要素をあげてみます。

  • 継続的な内省:自分の感情、思考、行動を定期的に振り返り、なぜそう感じたり考えたりしたのかを理解しようとするプロセスです。これは日記を書く、瞑想をする、または自分の体験を他人と話し合うことを通じて行われます。
  • 感情の探究:自分の感情を深く理解し、それらがどのように自分の行動や決断に影響を与えているかを考えることです。
  • 価値観の見直し:自分が持っている信念や価値観を時々見直し、それが現在の自分にとっても意味があるかを考えることです。
  • 目標設定と達成:自分にとって意味のある個人的な目標を設定し、それを達成するために必要なステップを踏むことで、自信や自己効力感を高めることができます。
  • 人間関係の深化:友人や家族、同僚との関係を深めることで、自己に関する新しい視点を得ることができます。他人との交流は、自分自身についての新たな洞察を提供します。
  • 学びと成長:新しいスキルや趣味に挑戦する、教育の機会を追求することで、自分自身の能力や可能性を広げます。
  • 自己の行動についての思考とフィードバック:自分の行動や決断を振り返り、他者からの意見やアドバイスを受け入れることで、自分自身を客観的に見ることができます。

海外放浪は、これらのプロセスを開始する大きなきっかけになりますが、本当の自分を見つけた人は、海外放浪をきっかけに、これらのプロセスを継続的に行ったと考えられます。

カウンセリングを通じた自己探求

最後に、カウンセリングが自己探求を深めるための有効な手段であることに触れて終わりたいと思います。

カウンセラーは、話された内容について良し悪しを判断しません。ただ、あなたを理解して、サポートする立場で関わります。プライバシーが守られて、個人情報は保護されます。安全な環境が確保されています。

日常生活から離れた場所と時間を持つことに意味があります。日常の環境からの影響を低下させて、自分自身に向き合う体勢を整えやすくなります。

このページをご覧になっているあなたは、何かを変えたい、何かを変える必要があると思って、ここにたどり着いたのかもしれません。

カウンセリングは、自分自身の行動パターンや思考パターンを認識し、必要に応じてそれらを変えるきっかけとなります。また、新しいコミュニケーションスキルや問題解決スキルを自分のものにする場でもあります。

海外放浪は自己探求の重要なきっかけとなるかもしれませんが、継続的に行うことが重要です。カウンセリングは、その営みを継続するサポートも提供します。