セルフ認知行動療法がうまくいかないのは

執筆者:山崎 孝(公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士)

自分でやる認知行動療法の書籍がたくさん販売されています。それらに取り組んでもうまくいかなかったとおっしゃるクライエントは少なくありません。なぜ、うまくいかないのでしょう。

認知行動療法とは

認知行動療法は、習慣的に繰り返される非適応的な認知(思考・考え方)と行動のパターンを変化させることによって、症状や問題行動を軽減・改善する心理療法です。

表現が固くてわかりにくいかもしれません。以下の図を用いて説明します。

認知行動療法
  1. <状況>友人を見かけので声をかけたら素通りされました。
  2. <認知>何か友人の気に障ることをしてしまったのだろうかと思いました。
  3. <感情>不安や焦りの気持ちが生じました。
  4. <身体>不安で胸がドキドキしました。
  5. <行動>彼に見つからないようにその場から離れました。

そのようなことを考え続けていると、思考はさらに悪い方向へ進んで行き、つらい気持ちが脹らんでいきます。

この人は友人が通り過ぎた瞬間に「友人の気に障ることをしてしまったのだろうか?」と考えました。しかし、それ以外の可能性もあるはずです。例えば、騒音にかき消されて声が届かなかった。考えごとをしていて気づかなかった。などなど。

もう一度声をかけたら振り向いた(気づいた)かもしれません。LINEなどで「どうしたの?」と問いかけてみると、異なる反応が返ってくるかもしれません。

このように、自分をつらくさせる認知や行動に気づき、現実的なものに修正することによって、つらさや問題を軽減・改善していきます。

認知や行動は、そう簡単には変わらない(1)

ですが、認知や行動は、そう簡単には変わりません。

なぜなら、その認知や行動を今まで持ち続けているのは、それが役に立っていたからです。まったく役に立たないのなら、とっくの昔に捨てているはずです。

という説明をすると、「役に立つことなんてありません」と言われる方がいらっしゃいます。

あるクライエントには、「有給休暇を取ると、きっと同僚は『この忙しいときに』と思うだろう」というように、常に物事を悪く考えるクセがありました。

この考えが何の役に立つのか。さらにお話しを伺っていくとわかりました。「もし、最悪の結果になったとしても、覚悟しているからダメージが小さい」、「もし、最高の結果になったら、喜びがとても大きいものになる」ということでした。

人生のステージが変われば必要とされるものも変わってきます。昔のステージで役に立っていたものが、今のステージでは役に立たなくなったどころか、逆に害になることもあります。そこに気づけば、認知や行動を変えやすくなります。

認知や行動は、そう簡単には変わらない(2)

強い感情が生じたとき、私たちは感情に乗っ取られた状態になります。誰もが物事を一面的に見て、多面的に見ることができないものです。強い怒りに包まれているときには、敵か味方か、勝つか負けるかとしか考えられなくなるものです。

ある男性が同僚と仕事の進め方で対立して激しくやり合いました。ストレスを感じた状態で帰宅しました。すると、妻に「今日は遅かったわね」と言われました。妻の言葉は体調を案じてものです。しかし、彼は遅いことを責められていると受け止めてしまいました。

わかっていても、そのような受け止め方をしてしまう自分を止められないことがあります。このようなときに、認知や行動を変えようとしても無理です。暴れている感情を鎮めることが先決です。

歪んだ認知を修正することが認知行動療法という誤解があります。この誤解が、認知行動療法は役に立たないという更なる誤解を招いている面があります。

認知再構成法(偏った認知を修正する技法)は認知行動療法の技法の一つに過ぎません。認知行動療法は様々な技法の集合体です。認知に働きかけるだけでなく、行動に、感情に、身体に働きかける技法があります。

感情を鎮めるには身体から

強い感情に巻き込まれているとき、呼吸は浅く速くなります。酸素をたくさん取り入れて、闘うか逃げるかするためですね。落ちついているときは、深く、ゆったりした呼吸をしています。

深く、ゆっくりと呼吸することによって、暴れている感情を鎮めることができます。腹式呼吸がおすすめです。手順とお腹で吸うことに集中することによって、呼吸と整えるとともに、巻き込まれている感情から距離を取りやすくなります。

緊張しているとき、身体は力が入り固くなっています。リラックスしているとき、身体は力が抜けて緩んでいます。身体の力を抜いて緩めることによって、リラックス状態を作る方法の一つに漸進的筋弛緩法があります。

腹式呼吸や漸進的筋弛緩法などのリラクセーションによって、怒りや不安がゼロになることはありません。強度が5%下がる程度かもしれません。しかし、その5%が感情の巻き込まれから抜け出す力になります。

リラクセーションの方法には、ヨガ、瞑想、体操、ストレッチなど様々なものがあります。ご自身に合うものを選択して下さい。ここでは腹式呼吸と漸進的筋弛緩法を紹介します。

腹式呼吸

鼻から吸って、軽く止めて、口からゆっくり吐くという手順です。眼を閉じて行うと、情報が遮断されて集中しやすくなります。目を閉じて行うことをおすすめします。

  1. 鼻から三拍(1,2,3)吸います。
  2. 軽く止めます(4)。
  3. 口からゆっくり六拍(5.6,7,8,9.10)吐きます

吐くときに副交感神経が刺激されてリラックスに導かれます。極端なことを言うと、息を吐ききったら身体が勝手に吸ってくれます。吐くことだけ意識しても大丈夫です。

長さは自分のペースで調整して下さい。吸うを三拍、吐くを六拍は目安です。また、最初はお腹に手を当てて、お腹が膨らんだり凹んだりしているかを確認しながら行うと良いです。

漸進的筋弛緩法

名前はむずかしいですが、やることは簡単です。最初に力を入れます。例えば、目を思いっきりつぶります。5秒くらいそうします。次に力を抜いて、10秒くらい力が抜けた感覚を味わいます。

これだけです。身体の各パーツ(手、腕、肩、首、他)を順に行います。詳しくは大阪府のホームページから「気軽にリラックス」リーフレットをダウンロードしてご確認下さい。このページの最後にリンクを張ります。

毎日やると、より効果的

腹式呼吸や漸進的筋弛緩法などのリラクセーションは、強い感情に乗っ取られたときにも有効ですが、少しの時間でも毎日継続すると、より効果的です。

日常的な緊張度が下がるとストレス耐性が向上します。だまされたと思って毎日寝る前に、腹式呼吸を3分やってみて下さい。はじめてでも身体と心に若干の緩みを実感できるはずです。

大阪府のホームページから手順を記したリーフレットをダウンロードできます。以下のページの「気軽にリラックス」に腹式呼吸と漸進的筋弛緩法の手順が記されています。

大阪府/刊行物・リーフレット – http://www.pref.osaka.lg.jp/kokoronokenko/download/