コミュニケーションとカンバセーション

執筆者:山崎 孝(公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士)

ある夫婦の例

奥さまの様子に危機感を持って、ご主人の提案でカウンセリングを受けに来られました。奥さまの表情には、あきらめや冷めた気持ちが感じられます。

自分から言葉を発しない奥さまに言葉を促すと、最近のご主人は育児や家事にとても協力的とのことです。ご主人の努力がうかがえます。

しかし、そんなご主人の様子を見て、「(それは助かるんだけど)そこではない」と奥さまが感じていることがしばしばあります。的には当たっているのだけど、中心ではなく端の方に当たっている感じでしょうか。

そのズレを解消するためにコミュニケーションを取ろうと試みますが、お二人だけではうまくいかなくてカウンセリングにお越しになるのはよくあるケースです。

勝ちを目指すほど負けが深くなる

関係が悪化すると話し合いで状況を打開しようと試みます。相手の考えがわからなければ始まりません。話し合いを提案するのはもっともなことです。

話し合いがうまくいかない原因の一つに「勝ちにこだわる姿勢」があります。「自分は間違っていない」ことを相手に認めさせるのが話し合いの目的になってしまう人がいます。それは話し合いではなく論戦です。その姿勢は相手をうんざりさせます。

自分が勝てば相手は負けです。個人として勝ちを収めても、夫婦の溝を深める結果になっては、夫婦としては負けです。夫婦としての勝ちは何か?を考える必要があります。

コミュニケーションとカンバセーションの定義

コミュニケーションとは「二者以上の関係におけるすべての相互作用」です。これでは抽象的すぎます。ここでは、コミュニケーションとカンバセーションを以下のように定義づけて話を進めていきたいと思います。

コミュニケーション(communicaiton)を辞書で引くと以下のように定義されています。

〔情報の〕やりとり、連絡、伝達
〔伝達される〕情報、メッセージ、手紙
〔お互いの〕共感、感情的つながり、ラポール
“communication”の検索結果(3366 件):英辞郎 on the WEB:スペースアルク

また、コミュニケーションの語源はラテン語のコミュニス(communis)です。「共通の」「同じものを持つ」という意味があります。
(『ランダムハウス英和大辞典 第二版』小学館より)

カンバセーション(conversation)を辞書で引くと以下のように定義されています。

「会話、話し合い、対談、雑談、座談、交際、社交」
“conversation”の検索結果(1803 件):英辞郎 on the WEB:スペースアルク

会話(カンバセーション)はメッセージや情報を伝える手段。コミュニケーションは情報の伝達に止まるのではなく、相手と同じ映像が頭に浮かぶくらいの同じ認識に至る状態。相手の経験を追体験して共感できる状態。このように言えると思います。

コミュニケーション(狭義)の再定義

相手のメッセージや情報を受け取り、お互いが共通の理解に至り、共感を深める行動。自分のメッセージや情報を伝えて、お互いが共通の理解に至り、共感を深める行動。

カンバセーションの再定義

コミュニケーションの手段・道具

心に描く絵を一致させる

ある例

「初日の出」を見に行く相談をしている夫婦が、それぞれ以下のような絵を心に描いているとします。

妻:「山の間から昇る太陽」
夫:「海の水平線から昇る太陽」

相手も当然、同じ絵を描いてると思って話を進めていると、どこかで噛み合わない場面が出てくるでしょう。本当に些細なことですが、このようなことが繰り返されると「いつも何、わけのわからないことを言ってるんだ」とストレスに感じるものです。

カンバセーションしているけど、コミュニケーション(狭義)が取れていない状態がイメージできると思います。

売れるセールスマンと売れないセールスマン

売れるセールスマンと売れないセールスマンには以下の違いがあると言われます。

売れるセールスマン
「お客様のニーズを引き出し理解して、ニーズを満たすものを提示する」

売れないセールスマン
「売りたいものの特徴・長所を説明して説得する」
「お客様はこれがほしいだろうと(確認せずに)思い込んで、特徴・長所を説明して説得する」

どんなに良いものであっても、ほしくないもの、必要でないものを勧められるのは、時には迷惑となります。私にはセールスの経験がありませんが、売れるセールスマンはお客としっかりコミュニケーション(狭義)を取っていると思っています。きっと間違いないはずです。

理解しようとする意識

夫婦・家族のコミュニケーションが難しいのは、お互いをよく知っているだけに、

「(言わなくても相手は)わかってるはず」
「(聴かなくても相手のことは)わかってる」

という考えが心のどこかにあるからです。上司・部下・同僚に対して似た考えを持っている場合もあるでしょう。その考えは、時には相手に対するいらだちを生みます。いらだちは、さらにコミュニケーションを悪化させます。

恥ずかしながら、カウンセラーも夫婦や家族のコミュニケーションにおいて、このワナに陥ることがあります。このワナから逃れるには、「(この件について、私または相手は)知らない」という姿勢でいることです。

知らないから理解しようと努めます。相手が知らないからしっかり伝えようと努めます。お互いが心に描く絵にはズレがあるという認識を持つことです。