企業がメンタルヘルス対策を行う意義

執筆者:公認心理師・山崎孝

平成24年度は精神疾患による労災認定が過去最多になったと報道されました。

仕事が原因でうつ病などの精神疾患を発症し、労災を認められた人が、昨年度、過去最多となりました。これは前の年度の1.5倍以上です。背景には何があるのでしょうか。

「精神疾患で労災認定、過去最多に」 News i – TBSの動画ニュースサイトより引用(現在は削除されているようです)

ニュースでは、過重労働による自殺によって夫を失ったご婦人が紹介されています。

2007年の労働者健康状況調査によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所は全体の33.6%でした。規模別で見ると、従業員5,000人以上の事業所のすべてが何らかのメンタルヘルス対策を行っています。一方、100人未満の事業所では50%未満となっています。

今やメンタルヘルス対策は企業にとって、社会的責任を果たすために必須となりました。

従業員の自殺は本人や家族にとって大きな悲劇であることはもちろん、企業や他の従業員にも大きな影響をもたらします。小規模の企業にとっては、多額の賠償金は企業の存続を脅かすこともあります。上司個人に賠償金を課した例もあると聞きます。

第5回勤労生活に関する調査(2007年、労働政策研究・研修機構)によると、勤務先を選ぶ場合に重視する要素のひとつに「健康問題やメンタルヘルスの対策を行っている会社」があります。メンタルヘルス対策が人材獲得にも影響する時代になりました。

改めて、企業がメンタルヘルス対策を行う意義を整理してみたいと思います。

【参考ページ】
厚生労働省:平成19年 労働者健康状況調査の概況

目次

  1. 企業の社会的責任
  2. 法令遵守
  3. リスク管理
  4. 活力のある組織

企業の社会的責任

CSR(Corporate Social Responsibility)の呼称でおなじみの企業の社会的責任。厚生労働省のホームーページには以下のように定義されています。

近年、企業における長時間労働やストレスの増大など、働き方の持続可能性に照らして懸念される状況が見られる中で、企業の社会的責任(CSR)に関する取組が大きな潮流となっています。CSRとは、企業活動において、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、従業員、投資家、地域社会などの利害関係者に対して責任ある行動をとるとともに、説明責任を果たしていくことを求める考え方です。

厚生労働省:労働政策全般:CSR(企業の社会的責任)より引用

利害関係者には当然、従業員も含まれます。従業員の健康管理は、CSRの重要な要素と位置づけられています。

【CSRに関する参考ページ】
厚生労働省:労働政策全般:CSR(企業の社会的責任)
企業の社会的責任 (CSR) | 政策提言 / 調査報告 | 一般社団法人 日本経済団体連合会
企業の社会的責任(CSR) | 経済同友会
CSR(企業の社会的責任)とは? [社会ニュース] All About
企業の社会的責任 – Wikipedia

法令遵守

企業には、従業員が業務を行うにあたって、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務があります。これに違反して従業員に損害を与えた場合、企業に民事上の損害賠償責任が生じます。

「職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形勢を促進すること」を目的に労働安全衛生法が制定されています。これに違反した場合、一定の範囲で刑事罰の対象となります。

リスク管理

過労死や自殺が発生すると、企業は高額な損害賠償金を負担することになります。いわゆる電通事件では、億を超える賠償金が課せられました。小規模の企業であれば、会社の存続を脅かすことになりかねません。賠償責任の他に、対外イメージの低下、従業員の士気の低下も免れないでしょう。

【参考ページ】
[事例1-1] 長時間労働の結果うつ病にかかり自殺したケースの裁判事例(電通事件):事例紹介|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(うつ病・自殺対策を含む)|厚生労働省

活力のある組織

第5回勤労生活に関する調査(2007年、労働政策研究・研修機構)では、「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」がトピックとなっています。

ワークライフバランスは、仕事を犠牲にして生活を優先するものではありません。働き方や制度を見直すことによって双方の相乗効果を生み出し、双方を充実させるという考え方です。どちらかを犠牲にするというものではありません。

調査結果によると、勤務先を選ぶ場合に重視する要素の中に、「仕事と家庭生活の両立支援を行っている会社」「健康問題やメンタルヘルスの対策を行っている会社」があります。

ワークライフバランスの取り組みを進めることによって、従業員のパフォーマンス向上を期待できます。また、人材獲得にも好影響を期待できます。

メンタルヘルス対策は一次予防から

従業員がメンタル不調になると、本人の負担を減らすために休業させたり、負荷の小さな業務に就かせるなどします。周囲に負担がかかります。本人は、これまでできていたことができなくなることにより、自分を責めたり、自尊心が傷ついたり、無力感にとらわれたりします。

適切な処置によって回復・復帰を果たしても、数ヶ月以上かかるのが通常です。メンタル不調になることは、本人にとっても企業にとっても大きな損失をもたらします。

予防医学は、一次予防、二次予防、三次予防の段階に分けられます。メンタルヘルスも同じように考えるのが一般的です。

  • 一次予防:メンタル不調を発生させない
  • 二次予防:早期発見・早期治療
  • 三次予防:回復・機能維持・再発防止

以前のメンタルヘルスは、二次予防、三次予防に主眼を置いていました。現在では、一次予防に主眼が置かれるようになっています。