執筆者:山崎 孝(公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士)
回避性パーソナリティ障害のカウンセリング
回避性パーソナリティ障害の人は、失敗や傷つきを極度に怖れる、人との関わりを避ける、批判や失敗を極度に怖れる、などの特徴があります。自分に自信を持てないのも特徴の一つです。当カウンセリングルームの原点は、自信を持てない悩みの支援にあります。心当たりのある方は、是非サポートを求めてほしいと思います。
回避性パーソナリティ障害とは
回避性パーソナリティ障害は、10種類に分類されるパーソナリティ障害の1つです。まずはパーソナリティ障害を説明します。
パーソナリティ障害とは
パーソナリティ障害は、個人の思考、感情、行動のパターンが、その文化における期待から著しく逸脱し、長期間にわたって柔軟性を欠き、社会生活や職業生活に支障をきたすのが特徴です。
簡単に言うと、パーソナリティ障害は、人との付き合い方や物事の考え方、感じ方、行動の仕方が、周りの人たちとは大きく違っている状態です。そのため、日常生活や仕事、人間関係などで困ったことが多く起こります。
考え方、感情、行動のパターンには、当然ながら個人差があります。ある程度までは、個性や性格として尊重されるべきで、実際お互いに尊重していると思います。しかし、度が過ぎると困る場合があります。パーソナリティ障害とは、このような状態です。
回避性パーソナリティ障害以外の9種類については、ここでは説明しません。別のページで説明することにします。
回避性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害は、社会的な状況や対人関係に対する極度の不安や恐れ、自信の欠如を特徴とする精神疾患です。この障害を持つ方は、他者からの批判や拒絶を恐れるあまり、社会的な交流を避ける傾向があります。以下のような特徴があります。
一言で言うと、失敗や傷つくことを極度に怖れることです。失敗するくらいなら、初めからやらないほうがいいと回避します。他者に受け入れられない経験をするくらいなら、人間関係を避けることを選びます。自信がないからであり、失敗すると立ち直れなくなるという強い恐れがあります。
以下は、回避性パーソナリティ障害の特徴を示すエピソードを、複数の事例を元に創作したものです。個人を特定できないように配慮しています。
Sさんは、30代前半の男性です。彼は優秀なITエンジニアで、複数の資格を持っています。しかし、彼の職歴は安定していません。
大学卒業後、Sさんは大手IT企業に就職しました。技術力を高く評価されましたが、チーム内でのコミュニケーションに不安を感じていました。ある日、プロジェクトミーティングで上司から軽い指摘を受けたことをきっかけに、「自分は会社に合っていない」と思い込み、わずか半年で退職してしまいました。
その後も、Sさんは技術力を買われて次々と職を得ましたが、同じパターンを繰り返しました。同僚との些細な行き違いや、上司からの小さな注意でも、極度の不安と自己否定に陥り、長くて1年、短いときは数ヶ月で退職を繰り返しました。
転職を重ねるうちに、Sさんの住む地域では就職できる会社が限られてきました。新たな仕事を求めて、付き合っていた恋人と別れを告げ、遠方に引っ越すことを決意しました。しかし、新天地でも同じ行動パターンは変わらず、次第に行き詰まりを感じるようになりました。
精神的な疲労を感じたSさんは、カウンセリングを受けました。最初のカウンセラーとは良好な関係を築けたように感じました。カウンセラーはSさんの話を共感的に聞き、彼の気持ちを理解しようと努めてくれました。
しかし、数回のセッションを重ね、カウンセラーが「少し職場で人と話す機会を作ってみましょう」と小さなチャレンジを提案したとき、Sさんは強い不安を感じました。「自分にはできない」「また失敗するに違いない」という思いが頭をよぎり、次の予約をキャンセルしてそのカウンセリングに行かなくなりました。
その後、Sさんは別のカウンセラーを探し、同じようなパターンを繰り返しました。初期段階では良好な関係を築けるものの、具体的な行動変容を求められると、強い抵抗を感じて通うのをやめてしまうのです。
現在、Sさんは5人目のカウンセラーと面談を始めたところです。彼は自分の問題に向き合いたいと思っていますが、同時に変化することへの強い不安も感じています。新しい環境や人間関係を築くことへの恐れ、批判や拒絶への過敏さ、自己評価の低さなど、回避性パーソナリティ障害の特徴とされる症状に悩まされながら、Sさんは自分の道を模索し続けています。
このエピソードは、回避性パーソナリティ障害の特徴をいくつか示していますが、回避性パーソナリティ障害と断定できるものではありません。正式な診断は、詳細な評価をもとに精神科医が行います。
カウンセラーの役割は、診断基準を満たすか否かに関係なく、その人が抱える具体的な困難や生きづらさに焦点を当て、適切な支援を行うことです。
原因
パーソナリティ障害は遺伝子と環境の相互作用によって起こります。両方の要因が複雑に絡み合って影響していると考えられます。遺伝的な素因を持っていても、環境によってその表れ方が変わる可能性があり、逆に環境要因が強くても遺伝的な影響を受ける可能性があります。
繰り返しになりますが、大切なのは原因や診断基準より、その人が抱える具体的な困難や生きづらさを改善・解決する支援を行うことです。
回避性パーソナリティ障害のカウンセリング
当カウンセリングルームでは、以下の姿勢で回避性パーソナリティ障害の傾向を持つ方の支援を行っています。自分に自信を持てない方の支援の方針と言い換えることもできます。
安心できる環境
まずは、その人が安心して自分の気持ちを話せる雰囲気を作ることが大切です。批判や否定を避け、その人のペースを尊重しながら、少しずつ社会とつながるきっかけを作っていきます。
小さな一歩から
大きな目標はいきなり達成できません。小さな目標から始めて、少しずつ難しいことにチャレンジしていきます。小さなチャレンジは失敗のダメージも小さいものです。だからこそ、次のチャレンジに向かえます。
考え方の柔軟性を高める
自分に自信を持てない方は、物事を悪く考えすぎてしまうクセがあるものです。そのクセに気づいて、考え方を柔軟にしていく練習をします。バランスの取れた見方ができるようになることを目指します。
人とのつきあい方
人とどう接すればいいか分からない場合は、コミュニケーションの練習をします。うまくいった経験を積み重ねて、少しずつ自信をつけていきます。
行動する
苦手な場面を回避すると、その瞬間は安心を得ます。しかし、その場面がさらに苦手になります。回避は不安や恐怖を大きくします。少々不安でも、行動してみることの大切さを理解します。長い目で見たとき、行動することでどんな良いことがあるか、一緒に考えていきます。
ただし、無理に大きな行動はしません。失敗には、良い失敗と悪い失敗があります。無理に大きな行動を試みて、失敗して二度とできなくなるのは、悪い失敗です。良い失敗は、少々の痛みを感じながらも、次の挑戦に向かえる失敗です。
ストレスと上手く付き合う
リラックスする方法や、不安になったときの対処法を学びます。また、家族や友人など、支えてくれる人々とのつながりを大切にします。
長い目で
改善には時間がかかります。焦らず、小さな進歩を認めながら、ゆっくりと前に進んでいくことが大切です。必要に応じて、医師など他の専門家とも協力しながら、その人に合った支援を続けていきます。
自信は一夜にして身につくものではなく、時間をかけて育てていくものです。育てる過程において、停滞や後退を感じるときがあるかもしれません。しかし、必ず前に進むことができます。そのためには、一人で抱え込まず、他者に相談したり、専門家の助けを借りたりすることも大切です。