
執筆者:山崎 孝
公認心理師・ブリーフセラピスト・家族相談士
夫婦関係を育てていくには、お互いの気持ちを理解し合う力が必要です。この記事では、お互いの理解を深めるコミュニケーションの基礎について、具体例を交えながら説明します。
実際のカウンセリングでは、まず夫婦の間で行われている具体的な会話をお聴きした上で、それぞれのご夫婦の状況に合わせたアドバイスをさせていただいています。ここでご紹介する方法は、そうした実践から得られた知見をもとにしています。
「仲は良いです」「趣味や食の好み、笑いのツボも同じです」「休日はほとんど一緒に過ごしています」。このように仲の良い夫婦でも、「でも、大事な話になると衝突します」「ケンカしたくないので、そのような話をしないようにしています」という悩みを抱えていることがあります。
日常会話ができても、休日を一緒に楽しむことができても、肝心なことを話し合えないとしたら、それは「仲は良いけれど、関係が良くない」状態かもしれません。
仲の良さは、主に親密さや相性の良さを意味します。具体的には、
仲の良さは、夫婦関係にとって大切な要素です。しかし、これだけでは十分ではありません。
関係の良さは、お互いを一人の人間として尊重し、協力し合える関係を指します。具体的には、
夫婦には、仲の良さと関係の良さの両方が必要です。特に、子育てや親の介護など、人生の重要な場面では、関係の良さが重要になってきます。
「私たち、趣味も同じだし、休日も楽しく過ごせています。でも、子育ての方針や親との付き合い方など、大切な話になるとお互いの意見が合わなくて。話し合いがケンカになるので、最近はそういう話を避けるようになってしまいました」
このケースは、典型的な「仲は良いが、関係が良くない」例です。趣味や日常会話では問題なく過ごせていますが、価値観が関わる重要な決定では対立が生じています。
「夫は優しい人で、私の言うことに何でも『うん、うん』と頷いてくれます。でも、本当はどう思っているのか分からないんです。もっと本音で話し合える関係になりたいのですが…」
このケースは、表面的な調和は保たれていますが、深い理解や信頼関係が築けていない例です。
以下は、物を出したままにしている夫に対して、片づけたい妻が発した言葉です。
「何で散らかしっぱなしなの?」と「片付けて落ち着きたい」は同じことを訴えています。しかし、言われる立場になると、前者より後者のほうが受け止めやすいと思います。
相手に気持ちを伝えるとき、「あなたはいつも…」「また…」という言い方をしていませんか?このような言い方は、相手を責めているように聞こえ、防衛的な反応を引き起こしやすいものです。
ユーメッセージとは、「あなた(You)」を主語にして相手の言動を指摘する言い方です。例えば「あなたは考えが足りない」「あなたはいつも」のように、相手を責めるニュアンスを含みやすい表現です。
アイメッセージとは、「私(I)」を主語にして自分の気持ちや考えを伝える言い方です。例えば「私は心配です」「私はさびしく感じます」のように、自分の気持ちを素直に表現します。
アイメッセージのほうがユーメッセージより伝わりやすく、受け取ってもらいやすい傾向があります。具体例を見ていただくとわかりやすいと思います。
ユーメッセージとアイメッセージは、同じ気持ちを伝えようとしていても、その表現方法が大きく異なります。ユーメッセージは相手の言動について指摘するのに対し、アイメッセージは自分の気持ちを表現します。
「何で?」と問うと、「〜だから」と理由が返ってくることがあります。片づけてほしいのに「〜だから」と返ってくると、イライラが募るかもしれません。そのイライラは自分が引き寄せていることもありそうです。
このユーメッセージの後に、売り言葉に買い言葉のケンカに発展するシーンをイメージしてしまいます。さびしさや不安がそうさせると予想しますが、感情との付き合い方をサポートさせてほしい気持ちになります。
これらの例からお分かりいただけるように、同じ思いを伝える場合でも、受け取る側の印象は大きく異なってきます。相手を責めるような表現は防衛的な反応を引き出しやすく、一方で自分の気持ちを素直に伝える表現は、相手の理解を得やすいのです。
アイメッセージで気持ちを伝えるには、自分の気持ちを理解して言葉にする必要があります。これは当たり前のように聞こえますが、意外とむずかしいものです。そのための方法として、心理学のABC理論を紹介します。
同じ出来事でも、人によって異なる感情や反応が生じます。それは、その出来事をどのように受け取るか、その出来事にどのような意味づけをするかが、人それぞれ異なるからです。
ABC理論は、この「出来事」と「感情」の間にある「受け取り方・意味づけ」の重要性を説明するものです。出来事(A)が直接的に感情(C)を引き起こすのではなく、その出来事をどのように受け取り、どのような意味づけをするか(B)によって、生じる感情が決まってくるのです。
元々は、自分の考え方の偏りに気づき、修正するためのカウンセリングの技法ですが、夫婦のコミュニケーションにも役に立ちます。以下の要領で気持ちを言葉にします。
以下に例を示します。
お気づきの方もいらっしゃるでしょう。
そして、
良いコミュニケーションでは、お互いのB(受け取り方・考え)とC(感情)を理解した上で、必要に応じて何らかの対処がなされているはずです。
B(受け取り方・考え)は、「理解してもらえていないのかな」のように、フレーズ・文として表現されます。C(感情)は、不安、焦りのように単語として表現されます。
ただし、BとCの正確さにこだわる必要はありません。相手に伝えたいのはBとCの両方であり、理解したいのもBとCの両方です。
B(受け取り方・考え)とC(感情)を言葉にするのは、案外むずかしいものです。最初は面倒でも紙に書いたり、スマホのメモに書き込むなどして練習するのが望ましいです。
どうしても言葉にできないときは、A(出来事)だけ書いておきましょう。後で見返したときに、ふとBとCが言葉になることがあります。Aだけでも書いていると、BとCが出やすくなっていくものです。
注意が必要なのが怒りです。強い怒りの表現を続けていると、取り返しがつかない事態を招くことがあります。
怒りは多くの場合、別の感情から生まれてきます。
元の気持ちに気づければ、それをアイメッセージで表現すればいいのですが、怒りを自分で扱うのがむずかしくなっている場合は、カウンセリングなど外部のサポートを利用するのが望ましいです。
まず、相手が話を聞ける状態かどうかを確認しましょう。疲れているときや他のことに集中しているときは、「今は忙しい?」と確認し、話をする時間を決めることをお勧めします。
アイメッセージは魔法の言葉ではありません。大切なのは、相手を責めないという姿勢です。すぐに効果が表れなくても、継続することで少しずつ変化が現れていきます。
気持ちを言葉にするのがむずかしいと感じる人が一定数います。まずはA(出来事)だけで良いので書き留めます。続けているうちに、B(受け取り方・考え)とC(感情)が出やすくなっていくものです。カウンセリングのサポートも検討してみて下さい。
夫婦関係では、意見の違いや価値観の違いが生じるのは自然なことです。大切なのは、そうした違いを問題と考えるのではなく、お互いをより深く理解し合うチャンスと捉えることです。
「仲の良さ」と「関係の良さ」を意識し、アイメッセージを使いながら気持ちを伝え合い、自分の気持ちを理解する努力を重ねることで、夫婦関係はより深いものになっていきます。
お互いを理解し合うのは簡単ではありませんが、少しずつ努力を重ねることで、必ず関係は良い方向に変化していきます。悩みが大きいときは、カウンセリングを利用することで、専門家のサポートを得ながら一緒に改善方法を考えることができます。
この記事で紹介した対話の方法は、一般的な指針として参考にしていただけるものです。しかし、実際の夫婦関係では、それぞれの背景や状況が異なりますので、カウンセリングではまず具体的な会話の様子をお聴きした上で、お二人の状況に最適な改善方法をご提案させていただいています。
対話の改善に悩まれている方は、まずは具体的な会話の例を含めてご相談いただければ、専門家の立場から適切なアドバイスをさせていただくことが可能です。